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カテゴリ:「正法眼蔵」のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 画餅 2

    「画餅」の巻、本文に入ります。仏教界において真実を得えられた方々が、単に口先だけの論議ではなしに具体的な体験を通して仏道を身につけているという事があればこそ、この世の中にある様々の事物も現実のものであり架空のものではない。真実を得られた方々の現実の体験に伴って様々の事物も現にこの世の中に存在するのであるけれども、それぞれの様々の事物というものは単に一つの共通の性質、共通の実体というものでまとめ得る...

  • 正法眼蔵 画餅 1

    「画餅」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。この画餅という言葉はどういう意味かと言いますと、画にかいた餅と言う意味であります。画にかいた餅と言うのがどういう事を意味するかというと、画に画いた餅は食べる事が出来ない。非常に胃の丈夫な人が仮に食べたとしても、それが栄養になるという事はないと言うのが画に描いた餅という事の本来の意味です。ですから仏教においては、この画にかいた餅と言うのは普通は言葉で表さ...

  • 正法眼蔵 道得 14

    雪峰義存禅師と庵の主人である僧侶の説話について道元禅師の注釈は続きます。銘記せよ。雪峰義存禅師は庵の主人がはたして力量があるかどうかを実際に検討したのであるし、また庵の主人は雪峰義存禅師に直接お目にかかった。そして真実を言い得たか、真実を言い得なかったか、その辺は問題外として、具体的に庵の主人は雪峰義存禅師によって頭の髪を剃られたし、雪峰義存禅師は庵の主人の頭の髪を剃ったのである。この様な雪峰義存...

  • 正法眼蔵 道得 13

    雪峰義存禅師と庵の主人である僧侶の説話について道元禅師の注釈は続きます。庵の主人もすでに真実を十分わが身に体得していたところから、雪峰義存禅師の言われた言葉に助けられ茫然とせずに済んだのである。すなわち庵の主人は、仏教徒の仕来り通りに頭を洗って雪峰義存禅師の前に現れたのである。この庵の主人の態度は、釈尊ご自身の智慧と言えども至り得ないほどの優れた真実のやり方であって、まさに仏がその現実の姿を現した...

  • 正法眼蔵 道得 12

    雪峰義存禅師と庵の主人である僧侶との説話について道元禅師が注釈されます。雪峰義存禅師と庵の主人である僧侶との説話は、まさに3000年に一度咲くと言われている優曇華の花が咲いたと同じ様な非常に珍しい優れた出来事である。この様な場面には中々出会う事が出来ないだけではなしに、単に話を聞くだけでも中々難しいところであろう。それは七聖や十聖とかと言われるような修行段階の人々の境地と同じではなく、三賢とか七賢とか...

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名 幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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