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カテゴリ:31・行持(下) のエントリー一覧

  • 正法眼蔵 行持(下) 58

    天童如浄禅師に関連して道元禅師の話は続きます。また天童如浄師禅師が言われた。「坐禅をすることの本質は、体とか心とかというものの意識が脱け落ちる事である。香を焚いたり、礼拝をしたり、念仏を唱えたり、懺悔をしたり、経典を読んだりする事は必ずしも必要ではない。ただ坐禅をするならば、最初から真実は得られている」と。実際のところ、現に大宋国の諸地方には、自分は坐禅の修行をしていると標榜して、釈尊や達磨大師の...

  • 正法眼蔵 行持(下) 57

    天童如浄禅師に関連して道元禅師の話は続きます。自分(天童如浄禅師)がかつて径山の寺に逗留していた頃、仏照徳光と言う人がその寺の住職をしていた。この仏照徳光住職が法堂に上がって正式の説法をした際に言われるには「釈尊の教えや坐禅によって求める真実と言うものは、必ずしも他の人の言葉を頼りにして理解すべきものではない。各自それぞれ理解せよ」という説法をしていた。この様な説法をして、僧侶が修行している寺院の中...

  • 正法眼蔵 行持(下) 56

    天童如浄禅師に関連して道元禅師の話は続きます。皇帝が大師号や禅師号という称号を与えようとしても、文章を奉ってこれを辞退し拝謝した天童如浄禅師の行動というものは、古今を通づる優れた例である。時代が遅れて仏道を学ぶ我々にとって勉強しなければならないところである。自分(道元)は中国に行って直接この眼で亡き師匠である天童如浄禅師にお会いできたという事は、これはまさに真の人間にお会いできたという事である。亡き...

  • 正法眼蔵 行持(下) 55

    天童如浄禅師に関連して道元禅師の話は続きます。ある人々はいう。「沢山の人々に利益を与えるために自分は名誉を貪り利益を愛する。自分が権力を持たなければ沢山の人々を救済することはできない。自分が沢山の財宝を持たなければ人々を救済することができない」と。そういう理由から、名誉を貪り利得を愛すると主張する人々もいるけれども、この様な考え方というものは誤った主張である。釈尊の教えに従っているという外観は呈し...

  • 正法眼蔵 行持(下) 54

    天童如浄禅師に関連して、道元禅師の話は続きます。中国における達磨大師から大鑑慧能禅師にいたる6代にわたるそれぞれの教団指導者の方々は、いづれも大師や禅師号なりを持っておられたけれども、これらはいずれもこれらの方々が亡くなって以後、皇帝から賜ったものである。生きておられた時に、名誉や利得を得る事を望んで大師や禅師号と言う名称を受けた訳ではない。この様なところから考えていくならば、何よりもこの我々の人...

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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫と店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。    

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