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インターネットと坐禅

ブログ「坐禅と暮らし」を始めたのは・・・・。

「こんなことをやっていいのだろうか、こんなことをやってしまったけれども悪くはないだろうか」などと、毎日くよくよ過ごしていた40代後半。私は定休日に図書館通いをして仏教書や哲学書を手当たり次第読んでいました。そんなある日、西嶋先生の「正法眼蔵提唱録」に出会いました。「坐禅儀」の巻では「坐禅さえやっていれば、悪いことをするはずがないと信ずる必要がある」とあります。また「三昧王三昧」の巻では、「ただ坐禅さえやっていれば、香を焚くことも、礼拝をすることも、念仏をすることも、懺悔することも、経典を読むことも全く不要である」とあります。

道元禅師は、仏道とは只管打坐(手を組み、足を組み、背骨を伸ばしてジ-ッとしていること)であると全巻を通して言われています。今すぐ実行できるこんな有り難い教えはないと思い、図書館で先生の「正法眼蔵提唱録」に出会ってからは毎日坐禅をしてから「正法眼蔵提唱録」を読むことが日課になりました。毎日坐禅をしようと自分で決め、その自分で決めたことを実際に毎日実行している自分に少しずつ自信が持てるようになりました。自分で自分が運転できるようになっていくのがわかるんです。私なりに三年半くらいかけて全巻を読み終わり、どうしても先生にお礼が言いたくて失礼とは思ったのですが手紙を書かせていただきました。まさか先生から直接お電話をいただけるとは思っていなかったので、ビックリするやらうれしいやら・・・。あのときの感動は忘れられません。

先生が市川の道場をやめられてからは、夫と二人で先生のご自宅に伺い勉強させていただくようになりました。仏教の話はもちろんですが、時事問題の見方等、何でも質問に答えてくださいました。そんなある日、私は先生に「正法眼蔵提唱録」をたくさんの人に読んで頂いて、それが機縁となって私の様に坐禅を始める人が増えれば良いと思います。先生の「正法眼蔵提唱録」をブログで紹介したいのですがよろしいでしょうか。とお聞きしたところ快く承諾して下さいました。
  
その時、先生は次の様に言われました。
今はインターネットの発達した時代です。これからはインターネットやブログの活用をかなり重点的に考えていく事が大事ではないかと思っています。 坐禅をしたい人たちが集まって大勢で坐禅をしても意味がないとは言わないけれども、家で一人で行う坐禅とは違い、大勢で集まって行う坐禅は皆と一緒に出来るから楽しいので時間の折り合いをつけて一緒にやると言う事でしかない。
  
私は個人個人が自分の家で「坐禅」を行い「正法眼蔵」を読む事が望ましい事だと思っています。毎日坐禅をする事が基本なのですが、人間は理論がないと中々納得できないので道元禅師は「正法眼蔵」を残されたわけです。ですからインターネットを活用する事は、これからの仏教思想の普及に大きな期待が出来ると思っています。どうぞおやり下さい。


この様に励まされ、ブログ「坐禅と暮らし」を始めました。そして、ブログを始めてから沢山の方に訪問していただき、本当にありがとうございます。まだまだ「正法眼蔵」は続きます、どうぞよろしくお願いいたします。



読んでいただきありがとうございます。


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コメント
248: by 芳賀 on 2012/10/14 at 22:50:03

はじめまして。新潟県在住の芳賀と申します。
早朝の坐禅が日課になってから1年とちょっとになりますが、正法眼蔵などには手をつけておりません。
貴方のブログからなら、親しみをもって学べるような気がしています。
どうぞこれからも続けてください。
楽しみに拝読していきたく思います。
合掌。

249:Re: タイトルなし by UFO on 2012/10/15 at 22:28:20

芳賀さんコメントありがとうございます。
早朝の坐禅は気持ちいいですよね。
私の場合は、夜寝る前にも坐っています。
『正法眼蔵を読み、坐禅をしていればそれですべてOK』と西嶋先生はよく言われます。

『正法眼蔵』はまだまだ続きますので、よろしくお願いします。



 

348:正法眼蔵を読んで毎日坐禅すればよい by おおはな on 2014/05/26 at 16:12:30 (コメント編集)

本文に、

「それぞれが自分の家で『正法眼蔵』を読み、『坐禅』をする事が望ましい」

とありました。

 座禅会へ参加するのもよいが、基本は毎日の坐禅にあるということですね。理論で不安があれば正法眼蔵をとことん読み、わからないことがあればこのブログにも目を通すことで少しずつわかってくるということですね。
正法眼蔵は現代語訳でも難しいですが、これは坐禅をしていくなかで解決するものなのでしょうか。

349:Re: 正法眼蔵を読んで毎日坐禅すればよい by UFO on 2014/05/27 at 12:09:26

おおはなさんいつもコメントありがとうございます。

坐禅会に参加する事は、温泉に行く事に似ています。
皆で温泉に行くのは楽しい事ですが、それよりも毎日の入浴の方が生活に密着しています。
それと同じように坐禅会に参加するよりは、毎日の坐禅の方が生活に密着していると思います。

それから、道元禅師は言葉では説明できない坐禅の状態を、何とかして説明しようと「正法眼蔵」を書いたわけでして、坐禅をせずに「正法眼蔵」を読んだとしても、それはただ知識を得たというだけで理解したとは言えません。
しかし坐禅をすれば、たとえ正法眼蔵を読まないとしても「正法眼蔵」を理解したと言えます。
だから坐禅をしなければ、正法眼蔵をいくら読んでも理解できないと思います。
ただ人は、理論的裏付けがないと不安になり、なかな納得できないものです。
そこで先生は、よく車の両輪の譬を持って坐禅と「正法眼蔵」を説明されました。

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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仏向上事の巻に入りました。 仏(真実を得た人)とは、真実を得た後もさらにその事を意識せず日々向上の努力を続けている生きた人間の事である。そしてこのように真実を得た後も日々向上に努力して行く人のことを仏向上人と言い、その様な努力の事態を仏向上ノ事と言う。道元禅師が諸先輩の言葉を引用しながら説かれます。

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