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疑惑入院からの脱出(その2)

1月18日(日曜日) 
注射と点滴をこんなにしたことはないので、昨夜は朝まで一度も目が覚めることなく眠りました。六時ごろ、朝食の重湯が来ました。水を飲むように流し込みました。それから、また点滴の始まりです。「点滴が終わったら知らせてください」と看護婦さんが言うのですが、眠ってしまいいつ点滴が終わったのか気が付かない状態でした。三本の点滴が今日のノルマだそうです。右腹も氷で冷やすので寒いです。

AM10時とPM3時に、ほうじ茶が出るだけで水分不足です。 点滴3本 重湯3杯 ほうじ茶2杯が今日のメニュ-だそうです。看護婦さんに「私ここへくるまで普通の食事してたのに、どうして重湯なのですか?」と聞くと。、「先生はお腹に負担を掛けないように指示をだされたのです」と言いました。水分を取らないので口の中はカラカラです。脱水症状になったらどうしようとか、色々考え始めてしまいました。看護婦さんに「お腹も痛くないし、こんなに元気なので退院したい」と伝えました。仕事も気になっていました。看護婦さんは「先生の許可がなければ、絶対退院できません」と言いました。

7時過ぎ仕事を終えて、夫が来てくれました。今までの治療に納得がいかないので「退院したい」と夫に言うと、「どこも悪くなさそうなのに何で入院しているの・・・。明日店が始まる前に迎えに来るから退院の用意しておいて」と言って帰りました。

8時消灯です。昼間点滴で寝てばかりいたので、目がさえて眠れません。改めて、病室を見回しました。昨日書いた、病室の様子は、実はこの時気ずいたのです。私は毎日、朝晩坐禅をする習慣があります。昨夜は眠くて、坐禅をやらなかった事さえ気ずきませんでした。なかなか眠くならないので、坐禅をベットのうえではじめました。どこでも出来て、いつでも出来て、坐禅は本当に安楽の法門だと感じました。そして夜中には喉が渇いて水分がとりたくて、看護婦さんに水を飲んでもいいか、と聞いたら、飲んでもいいと言う事なので、便所の手洗いの水道の水を夢中で飲みました。

水を飲める所は、そこしかありませんでした。そしてしばらくして、胸がムカムカして、ゲエゲエ吐いてしまいました。お腹はぜんぜん痛くはありません。看護婦さんにその事を伝えると「先生の指示で、注射をするようにと言われた」と注射器を持ってきました。私は言いました。「昨日から、注射6本?点滴6回?もう注射はいやです。吐き気は我慢しますから注射はしないで下さい」とお願いしました。そして、「私はこんな時、浣腸をすると楽になるのでそれをお願いしたかった」と言いました。看護婦さんは、先生の指示に従わない患者が不思議な様子でした。

30分?位して、看護婦さんが病室にきて「先生から浣腸をしてもいいと言う許可が出たのでします」と言って、してくれました。2泊目は、昼間寝てしまったので、眠くならないのです。眠れないと言えば、睡眠薬が処方されたのかしら?看護婦さんは「先生の許可がなければいくら本人が退院するといってもだめだと思います。明日からは点滴を2本に減らし、そして1本になり、食事も重湯から少しずつ固形物が食べられる様なって、何の治療もしなくて良くなるのが1週間です。それから先生の許可が出て退院だと思います」と言いました。

私も、言ってしまいました。「先生がなんと言っても、入院費用を払えば退院するのは私の自由でしょう」と。もう朝です。
絶対退院します。 


読んでいただきありがとうございます。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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恁麼(いんも)の巻に入りました。 恁麼とは、宋の時代の俗語で「あの」とか「あれ」という意味を表わす指示代名詞であり、用例によっては「なに」というような」疑問の意味を表わす場合もある。言葉で具体的に表現することの困難な何物かを指すところから、仏教が追い求めるところの心理を言い難き何物かという意味で、この恁麼という言葉で表現した。 コメントお待ちしています。

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