FC2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

正法眼蔵 面授 5

経典(大梵天王問仏決疑経)の文章について道元禅師の注釈は続きます。

阿難尊者は摩訶迦葉尊者と顔と顔とを合わせて伝えられた教えを自分自身で保持し、それを弟子である商邦和修尊者に直接顔と顔とを合わせる形で伝えられた。そして商邦和修尊者も師匠である阿難尊者にお仕えした際にも、直接顔と顔とを会わせて教えを受け取った。この様に代々の正統な後継者である祖師方がいずれも、弟子は師匠と直接お会いし師匠は弟子を直接見るという形で面授というものが行われてきた。

即ちたった一人の祖師、たった一人の師匠、たった一人の弟子と言えども、師匠と弟子との間で一対一の伝授を行っていないものは、真実を得た祖師方と言うわけにはいかない。それはたとえて言うならば、海が小さな流れを集めて大海になるように、だんだんと小さな流れが集まって宗派を成長させ、その宗派の指導者が教えの灯をかかげて、それを継続して、その光がいつまでも絶えないようにして今日に来たのである。

その様な形で億千万という無数の仏道修行が行われ、その実態は千差万別であるけれども、その本源とこれに伴う枝葉とは全く一体のものとなっているのである。そしてまた、師匠と弟子との間において法が伝えられる状況は、親鳥とひよことの間において、卵からひよこが生まれる時に、卵の中のひよこも内側から卵の殻をつつくし、母親も卵の殻を外側からつついて、母親の口ばしと卵の中のひよこの口ばしとが同時に働いて、卵からひよこに生まれるのと同じような情景である。



              ―西嶋先生の話―
    --つづき

ですからそういう点では、仏教の欲望に対する考え方は非常に大らかだという事が言えるわけです。ただ欲望に対してこういう大らかな理解を持ち、態度をとるという事は中々難しいこと。釈尊が二十九歳で出家されまして、それからある一時期、苦行という事を一所懸命やられた時代があるわけです。苦行をなぜやられたかといいますと、当時、釈尊はまだ仏道の真実に到達していなかったために、欲望とは罪悪視すべきものであり、それを絶滅することが修行の目標であるという考え方を持って、一所懸命に苦行をされた。

そして他の同僚は多少は苦行においても妥協があったわけですが、釈尊は妥協されない性格でありましたから徹底的に苦行をやられた。したがって釈尊は二度も三度も仮死状態になったと伝えられているわけです。そういう激しい形で苦行をされた結果、釈尊は苦行というものが真実に到達する道ではないとはっきりわかったために、それから村の娘の捧げた羊の乳を飲んで、今度は苦行ではなしに普通の生活をしながら尼連禅河の畔で坐禅を始められたと、そういう経過があるわけです。

ですから、今ほど申しました欲望に対する仏教の立場とは、釈尊が我々のために代わって苦行をされて、その結果得られた結論だということが言えるわけです。ですからそういう点では、欲望というものに関連しても、仏教の立場からどう見るかという事はかなり大切な問題でありまして、それが仏教という思想を理解する上においても非常に重要な意味を持っていると、こういう事が言えようかと思うわけです。


ご訪問ありがとうございます。

宜しかったらクリックお願いします。
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 仏教へ
にほんブログ村
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

フリーエリア

ご訪問ありがとうございます。 にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫と店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。    

最近の記事

リンク

最近のコメント

カテゴリ

FC2カウンタ-