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正法眼蔵 陀羅尼 2

陀羅尼の巻、本文に入ります

仏道を勉強する際の眼の付け所がはっきりしている場合には、釈尊の教えに関する眼の付け所もはっきりしているものである。 本当に仏道を勉強したいと言う気持ちを持つならば、釈尊の説かれた教えとはいかなるものかと言う事がはっきりとわかって来るし、釈尊の教えがはっきりわかって来るならば、さらにどの様にしたら仏道が勉強できるかがはっきりして来るのである。

仏道を勉強する上において、大切な問題を正しく伝えると言う事は、例外なしに偉大な高徳の僧侶に仕えて教えを聞くというところから生まれてくる力によるものである。優れた高徳の僧侶に仕えて仏道を勉強する事が、仏道を知る上における偉大な直接 、間接の原因であり偉大な万能の力を具えた事態である。ここで述べられている「偉大な高徳の僧侶」と言う言葉の意味は、釈尊と同じ人格に到達した人の事を言うのである。

その様な釈尊と同じ人格に到達した師匠の身の回りに仕えて一所懸命に努力しなければならない。師匠の身近に仕えて、師匠にお茶を持っていく動作も、お茶をたてて師匠に差し上げる動作も、釈尊の説かれた肝心要のものがすでに具体的にその場に出現しているのであり、仏道修行の結果得られると言われている神秘的な働きというものもすでに現われているのである。

仰山禅師が潙山禅師のために盥に水を入れて持って来るとか、五台禅師が南泉禅師の面前で瓶の水を空けてしまったと言う物語が伝わっているが、師匠と弟子との問答や動作の中に仏道の実体がある。師匠と弟子とのやりとりとは、釈尊が持っておられた心の中心を学ぶだけではなしに、釈尊の持っておられた心の一番の中心における境地の中にある一人、二人と言う仏道の真実を把んだ具体的な方々にお会いする事を意味するのである。

単に心の問題だけではなしに、具体的な人格にお目にかかると言う事を意味しているのである。釈尊が持っていたと同じような神秘的な働きを自分自身が受け取って使いこなすというばかりではなくて、神秘的な働きをし得るところの境地の中において、七人、八人といふうな仏道の真実を得られた方々とお会いすることができたということを意味するのである。



           ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
坐禅中の意識についてお伺いしたいんですが、坐禅をしておりますと、絶えず雑念が湧いてくるんですけれども、よく言われるように「雑念を相手にするな」と。そうしておりますと、確かにある瞬間というか、ある期間、無念無想というか、非常に澄んだ気持ちを自分で覚えることがあるわけです。それから坐禅が終わった後でもそういう意識があるわけですが、そういう意識を持っているという事は、やはり雑念の意識なんでしょうか。

先生
いや、それは自分に対する意識というものを問題にする必要はないという事が実情になると思います。ですから、坐禅の普通の状況というものを具体的に言ってみますと、坐禅を始めて、たいていの人が何かを無意識のうちに考えているわけです。ただ無意識のうちに何かを考えているという事も気が付かないで坐っている言うのが、最初の状態だと言えると思います。

で、しばらく時間がたちますと、「あ、何か考えていたな」ということに気が付く。それから今度はあまり考えない様にしようという努力が始まって、考えたり、考えなかったりという状態がしばらく続く。それからある一定時点では、「考えまい」という努力も要らなくなってくる、きわめて落ち着いた状態で坐っておるという段階も生まれてくるわけです。

そうして仏道の狙いというのはどういう事かと言いますと、無我夢中になるということです。坐禅の時には無我夢中になりにくいんですよ。そのことは反面、坐禅の中で自分の意識というものが二つに分かれていない状態、あるいは坐っていることに本当に熱中した状態というものが現れてくるならば、それが仏道の狙いだ、坐禅の狙いだと、こういう事が言えるわけです。

日常生活における方が、そういう点ではいわゆる三昧になりやすいというふうな事情があるという事は言えるわけです。坐禅では三昧になることが非常に難しいわけです。その代り、坐禅で三昧が得られるならば、どんな日常生活の状態の中でもすぐ三昧が得られると、そういうふうな利点が逆に坐禅の中にはあるわけです。

だからそういう点では、自分に対する意識を振り捨てるという事、これが一つの仏道修行の狙いだという事はあると思いますが、それと同時に、日常の坐禅の内容としては、坐禅そのものの中で三昧が得られるという事はかなり難しいわけですが、その難しい状況を利用して、三昧の修行をするというのが坐禅の意味という事にもなると思います。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
夫婦で店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。     

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