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正法眼蔵 無情説法 25

私(道元禅師)の亡き師匠天童如浄禅師が「ひょうたんの蔓とひょうたんの蔓とが絡み合っておる」と言われた。 この言葉は雲厳禅師が述べられた無情説法に対する正しい見方というものが伝わって、その真底の意味が天童禅師に伝わって、釈尊の教えを説くという事が行われ、無情説法が何であるかという事が示された言葉である。

釈尊の説かれた教えを説くと言う事は、心理作用に煩わされない極めて自然な状態のものであると言う基本原則がある。この天童禅師の言葉も、心理作用に煩わされない境地で、自然に説かれた釈尊の教えであるところから、我々が仏道を勉強ていく場合に大切な標準となるものである。 心理作用に煩わされない人は、心理作用に煩わされ ない人のために釈尊の教えを説くのである。

無情、無情と言う言葉が何回も出てきたけれども、では一体何を呼んで無情という事を言うのか。 銘記せよ。 心理作用に煩わされいな人の説法を聞く事ができる人が無情と呼ばれるのである。 説法、説法と言われているけれども、釈尊の教えを説くというのは一体何を指して言うのか。 銘記せよ。 自分自身が心理作用に煩わされない状態になっている事に気がつかない人の行う説法を「無情説法」と言うのである。

※西嶋先生解説   
我々がどういう状態にいるかと言う事を気にしなくなった状態が仏道の狙い。ところが現代人の日常生活はそういうわけにはいかない。たいてい自分の事を心配するか、人の眼を心配するかで日常生活が行われている。そういう事を気にしなくなると言う事が仏道修行の狙い。

何のために足を組み、手を組み、背骨を伸ばして貴重な時間を過ごしているかと言うな らば、自分の事が気にならなくなる、人の眼が気にならなくなる、自分自身の中にスッポリ入り込んでしまって自由自在な生活が出来るようになると言う事が坐禅の狙いと言う事になるわけです。



          ―西嶋先生にある人が質問した―    

質問
輪廻転生について教えて下さい

先生
古代インドにおいて、仏教が生まれる以前にバラモンの説くところの輪廻転生の思想が盛んだった。 その輪廻転生からどう逃れるかというのがバラモンの教えの中心的な問題であった。輪廻転生は信じるに足りないと釈尊は主張されました。仏教思想の考え方の中には輪廻転生の教えはありません。

仏教が広まり伝えられていくうちに、それ以前にあったバラモンの教えが仏教の教えの中に混同されて、輪廻転生の間違った考え方が入りこんでしまった。仏教を理解する場合にすぐ輪廻転生と言うようなことが出て来る場合がありますが、仏教は輪廻転生をむしろ否定した教えです。

質問
道元禅師は鎌倉時代の人としては、ともかく偉大な天才であると言う事ですが、「道元禅師が一代でこれだけやれるわけがない、おそらく過去において何代も人間に生まれ変わって初めてあのようになったんだ、前世はたぶん中国人である」と言う人がいるのですが先生はどうお考えになりますか。

先生
いや、そんなのはでたらめだね。(笑) 人間が生まれ変われるんだったら、何の苦労も無いですよ。 我々、一回きりだと思うから一所懸命やるんで、二回、三回あるんだとすればそう真面目にやらないね(笑) 「今回は大いに遊んで、この次は勉強しましょう」と言う事になる。 だけれどもそんな事はない。 人生一回きりだから、まあ一所懸命やらなくてはならないと言う事だと思いますよ。 


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫婦で店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。     

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