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正法眼蔵 無情説法 24

洞山良价禅師と雲厳曇晟禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。

眼というものと宇宙全体とが一つのものだという事を仮に学んだとしても、眼というものを体で究めるという事には到達していない。足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、無常説法(自然が行うところの釈尊の説かれた教え)を聞くという形で眼というものを勉強するという事を大急ぎでやらなければならない。今ここで洞山禅師が言っている言葉の意味は、耳で聞こうとするならば無情説法は理解することは難しいと言われているのである。

その点では、眼で無情説法を聞くことが可能になり、体全体で無情説法を聞くことがあり、一切の場所において無情説法を聞くという事がある。

※西嶋先生解説
これは理屈で考えると、「そんなことはない」と大抵の人が思う。「体全体で音を聞くなんてことは到底考えられません。耳というものがあって、空気の振動が耳の中に入って来て鼓膜を振動させるから音は聞こえるんです」と。これは確かに一つの音を聞く方法であるわけでありますが、それ以外に、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして坐っておると、音ではないけれども聞こえてくるものがあると、こういうことを主張しておられるわけであります。

本文に戻ります。
眼で無情説法の声を聞くという事を体でまだ十分に究め尽くしていない段階でも、手を組み、足を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと体で味わうべきである。そしてこの言葉を卒業してしまうべきである。過去の先輩が「無情説法は、自分の心が自然に立ち返った時に聞く事ができる」と言われているからである。



              ―西嶋先生の話―    
    --つづき

ですから釈尊は戦前の様に人間が到底実現することのできないような理想を掲げて、それを人々に強制するという考え方が誤りであるという事をはっきり主張されたと同時に、物さえあればすべて解決するという考え方についても批判されたという事があるわけであります。そうして、そういう二つの考え方を乗り越えるために、坐禅をすることを我々に勧められたという事が言えるわけであります。

我々が足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、ジ-ッと坐っておりますと、畳の目が見えるとか、障子の桟が見えるとかその他諸々のものが眼に入ってくるわけであります。それは我々が頭の中だけでいろんな理想を考えて、こうすべきだ、ああすべきだという事だけに囚われておる事情と様子が違うわけであります。我々は現実の世界に生きているという事を、坐禅を通じて知ることが出来るわけであります。

それと同時に、そういうものを経験すると同時に、我々は単に肉体的な存在だけではないという事にも、はっきり気がつくわけであります。足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと坐っておりますと、肉の塊以上の何かであると、そういう事を感じ取ることが出来るわけであります。「いや、私は肉の塊だ」と無理に考える人もあるかもしれないけれども、我々が足を組み手、を組み、背骨を伸ばして、ジ-ッと坐っておる時には、単に血液が体の中ををグルグル回っておる、臭いの良くない皮の袋だというだけのものではないという事がしみじみと感じられる。

そういう点では、坐禅を通じて理想主義を乗り越え、それと同時に唯物論を乗り超えるというのが釈尊の教えでありまして、こういう教えを我々に残してくださった釈尊の大恩というもの、これは仏教を勉強している者にとっては到底忘れることのできない重大な事実だという事が言えるわけであります。

そういう点では、仏道というものを説く限りは、「理想主義」とか「唯物論」とかと言う言葉を使って説明せざるを得ないという面があるわけであります。かつてはその二つの言葉に変わって、「常見外道」と「断見外道」という言葉があったわけでありますが、今日では、「常見外道」と「断見外道」という言葉よりも、「理想主義」と「唯物論」という言葉を使った方がより解りがいいからという事で使うわけであります。

この会に来ておられる方にとっては、比較的耳慣れた言葉ではありますが、一歩この会から外へ出ると人々に「理想主義だ」「唯物論だ」という言葉を使って、仏教とはどういう事かという事を説明することはなかなか骨が折れる仕事であるという事も言えようかと思うわけであります。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫婦で店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。     

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