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正法眼蔵 蜜語 4

ある時雲居道膺禅師に役人が供物を捧げて質問した。

役人:仏教経典の中に世尊の蜜語(釈尊は音は聞こえていないが意味を伝えるような言葉)を持ってたと言われているし、また釈尊の弟子の摩訶迦葉尊者は迦葉不覆蔵(ありのままをすべて現していて隠しているものは何もない)と言われています。釈尊が持っておられた蜜語とはどういうものでありましょうか。

雲居道膺禅師:尚書(役人の名前)と呼んだ。

役人:はい 。

雲居道膺禅師:わかったか。

役人:
わかりません。

雲居道膺禅師:自分はお前に「わかったか」と聞いた。お前が「わかりません」と素直な返事をした。そこに「釈尊ノ密語」とは何かと言う事が隠されている。 また仮にお前が別の立場で「わかりました」と返事をしたならば、お前が自分に対して答えた事情が、実は摩訶迦葉尊者が持っていた「迦葉不覆蔵」そのものである。

※西嶋先生解説
この物語が「釈尊ノ密語」あるいは「迦葉不覆蔵」と言う言葉が生まれてきたもとの話になる訳であります。ここでどういう事を言おうとしているかと申しますと、我々の日常生活においても、人から名前を呼ばれるとか、人の名前を呼ぶと言うことはごく普通にあるわけでありまあります。
  
名前を呼ばれれば返事をする、こう言う事が当然の事実としてある訳です。ところがそういうごく当たり前の日常生活における事実というものを基本的な立場で考え直して見ると、かなり深い意味を持っていると言う事があるわけでありまあります。名前を呼ばれたら答えると言うのは当たり前だと言える訳ですが、人間に名前と言うものがなぜあるのか、名前を呼ばれたらなぜ返事をするのか、そういうふうな事情にさかのぼって考えてみますと不思議でない事はない。
  
この世の中にあるものには名前と言うものが付いている。そして名前を呼ばれるとたいていの人が返事をする、とこう言う事情があるわけだけれども、なぜそうなっているかと言う事が分からない。だから「わかったか」と質問された時に「わかりません」と言う返事をその役人がして、それに対して雲居道膺禅師が「今返事をした様に、わかりませんと言う事情、その実体が実は釈尊ノ密語と呼ばれるものである」とこの様に言われている訳であります。
  
またその役人が雲居道膺禅師の質問はどういう意味かと言うことがだいたい見当がついて「はい、わかりました」と返事をしたならば、その「わかった」と言う事情が摩訶迦葉尊者が何ものも隠していないと言う事情を意味しているのであると、こういうふうに言われているわけです。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。自営業。69歳。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」を受け、平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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