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正法眼蔵 説心説性 21

道元禅師の「説心説性」に関する注釈は続きます。

銘記せよ。中国における唐の時代から今日に至るまで、精神(心)を説き本質を説く事が釈尊の説かれた真実である事をはっきりと了解する事が出来ずに、理論においても、実践においても、体験の世界においても、精神(心)を説くとはく何か、本質を説くとは何かと言う事が十分にわからないままに、わけのわからない事をでたらめに主張する憐れむべき人が非常に多い。

その様な人に対しては、自分の現在の瞬間だけではなしに、過去にも未来にもわたってそれらの人々を救うべきである。別の言葉で表現してみるならば、説心説性(精神を説き本質を説く)ということは、釈尊以前におられた六人の方々を含めて七人の真実を得られた方々が説かれたところの非常に大切な中心の問題である。
      
            「正法眼蔵説心説性」
            1243年 
            北陸地方吉田郡の吉峰寺においてたくさんの人々に説示した。


※西嶋先生解説 
説心説性(心を説き本質を説くこと)については、中国における仏教の一派では、説心説性は仏道のためには無駄だからやめるべきである、説心説性をやめた時に初めて仏道が何かと言う事が分かると言う主張もありるけれども、道元禅師はそのように理解されず、説心説性も仏道修行における非常に大切な問題であって、それが単に精神を説く、本質を説くと言うだけの意味ではなしに、精神を発揮する、本質を発揮すると言う仏道の基本に繋がった問題であると、こういう事を言われているわけです。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
仏教の本がいっぱいあるという時に見る眼のない人はもう圧倒されるわけですけれども、見る眼のある人は区別できると言う事ですか。

先生
そう言う事です。「仏教」と言う字が書いてあれば、何でも正しい事が書いてあると言うふうに考える訳にはいかないわけです。「表題」は仏教と言う字がついていても内容が本当の仏教なのかどうかという事は、やはりそれなりに見抜くだけの眼が必要だと言える訳です。

質問
そうすると、その眼を養うと言う事で頭をよくすると言う事ですか。

先生
という事はないんです。つまり頭がよくても、ものの見方が正しいかどうかという事は別なんです。これが仏教の主張で、その点では仏教的な眼が何によって得られるかと言う点で、坐禅と言う事を主張されている訳です。足を組み、手を組み、背骨を伸ばして、ジ-ッと坐っていると実体が分かってくると言うのが仏教の主張です。

だから実体が分かる分からないと言う事は、知識があるとかないとかと言う事とも直接の関係がない。それからまた、頭がいい頭が悪いと言う事とも直接の関係はない。体や心の状態が正しい状態におかれた時に映り、直観的に捉える事のできるものだというのが仏教のものの見方です。そういう直観的に正しいか正しくないかを見抜く力を、「眼」と言っているわけです。

質問
直観的に正しいか正しくないかを見抜く力と言うものは、坐禅をたくさんすれば出て来るんですか。

先生
坐ると言う事よりも、坐っている時の状態が直観力を発揮する事の出来る状態なんです。人間は様々な生活がありますから、その点ではそういう状態が自分に身につくという事が大事で、そのためには坐禅を毎日するという事が必要になって来るし、また長い期間にわたってずっと継続していく事も必要になって来るという事は言えます。 ただそれと同時に、もう坐った時点でその様な眼が具わっていると言う事が言るわけです。
    
ですから今日初めて坐禅をやった人でも、その人は坐禅をしている間はものを現実的に見る目が具わっていたんだと、そういうふうに見ていいです。ただその人が、過去においてそういう状況をあまり長く持っていなかったとするならば、さらに坐禅を何回も続けて、本当のものが見えるような眼を養うと言う事が必要になってくるわけです。

質問
仏道をするとものを考えなくなるんですか。

先生
いや、そう言う事ではないんです。考えの基礎が安定していると言う事です。考えと言うのはもうどんな事でも考えられるんです。頭の働きと言うのはどんなことでも考えられる訳ですけれども、仏道の場合には一つの考えの基礎と言うものがあって、その基礎を中心にして様々なものを考える。だから考えが安定している訳です。  
    
ところがそういう中心になるような基礎を持たずにものを考えると、人間の思想というのはどんなところへも飛んでいってしまうんです。だから、そういう点では、坐禅をした立場では、考え方自身が安定する。考えないと言う事ではなしに、いろいろな事を考えても、それが一つの基準を持ちながら考えが発展していくと、そういうことが事実です。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
夫と店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。    

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