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正法眼蔵 葛藤 18

雪竇重顕禅師の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

「景徳伝燈録」第三の達磨大師の項によれば、初祖達磨大師は(死去されて後)インドに帰られたとする説が伝わっている
けれども、これは誤りだと学ぶべきである。宋雲という人が達磨大師がインドに帰るのに出会ったという話を伝えているけれども、その宋雲の見方は必ずしも真実とは言う事ができない。宋雲の力量でどうして、達磨大師の人格や達磨大師の行いを見抜く事が出来るであろう。

達磨大師がどういう人格であったかという事は、達磨大師と同じ境地に立った人のみが知るところである。達磨大師と同じ境地に立った人とは、坐禅をしたことのある人という意味でもある。達磨大師は死去されて後、熊耳山にお納めしたと学び知る事が正しい仏道の学び方である。
             
            「正法眼蔵葛藤」
            1243年旧暦7月7日
            観音導利興聖宝林寺において沢山の人々に説示した。




          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
宋雲の問題ですね。これは先生の注釈文をみますと、「景徳伝燈録第三の達磨大師の項によれば」とありますが、その収録されるにあたって、その事実と言うものは相当検討された結果収録されたんではないかと。

先生
ただそれと同時に、本に書かれたことが全部信用できるかと言うとそうではないと言う事、これはかなり大切な事です。活字になっていると本当だと言うふうに普通人間は考えまけど、活字になった事でも本当の事実もあれば本当でない事もあると、こう言う事でもある訳です。
    
質問
でも、この「景徳伝燈録」と言うのは相当権威のあるものではないんですか。
   
先生
うん。ただそれにしても、すべてがすべて絶対の真実だと言う事をお考えにはならなかったから、道元禅師はここでこういう事を書かれたと言う事になると思います。

質問
そうすると道元禅師は「達磨大師は死去された後、熊耳山にお納めしたというふうに学び知る事をが正しい仏道の学び方である」としていますが、これは勿論これだけの反論を加えるからには、道元禅師ご自身としても何か勉強されたんじゃないかと思われる点があるんですか・・・。

先生
これはね、宗教的な確信だと思います。つまり「俺はこう見る」と言う主張です。宗教の問題に関してはこれがかなり大切なんです。間違った事について「俺はこう見る」と言う事では間違った結論をそのまま信じる事になると思いますが、それと同時に、一人の人間が「俺はこう確信する」と言う思想内容というものが宗教の基準をなしている事があると言う事は言えます。

それと同時に、なぜ坐禅が必要かと言うと、坐禅をやった体、坐禅をやった心で「俺はこう思う」と言う事が真実だ。だからその点では、仏道で「智慧」と言う事を言うわけですけど、智慧というのは自律神経がバランスした時の直観的な判断を智慧と言う訳です。それが何によって得られるかと言うと、一つの方法は坐禅と言う修行法によって得られると言う事が言える。だから坐禅をした体、坐禅した心で「俺はこう思う」と言う事が真実だと、こういう主張にもなるわけです。

質問
そうしますとこの事は、何ら典拠があるわけでなくて、道元禅師ご自身の宗教体験に基づく独自の見解だと言うふうな解釈でございますか。

先生
私はそう思います。文献を調べて、これは正しい、正しくないと言う事をやられたわけではない。ただ「景徳伝燈録」をずっと読まれて、ここの記載はおかしいぞと、こういうふうに感じられたと言う事だと思います。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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