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正法眼蔵 菩提薩埵四摂法 7

二番目の愛語について道元禅師が注釈されます。

愛語(優しい言葉)というのは、人々と顔を合わせた場合にはまず慈しみの心を起こし思いやりの言葉を与える事である。別の言葉で言うならば、何事によらず乱暴な言葉や人を傷つけるような言葉を使わない事である。世間一般でも「お元気ですか」という挨拶の仕方がある。仏道の世界でも「お大事に」と言う挨拶があり、師匠に対して「ご機嫌いかがですか」と尋ねる行いもある。

慈しみの心をもって考え、その様子がちょうど赤子を大切にするのと同じような気持ちで人に対する事が「愛語」という事の意味であって、その様な気持ちをもって語る言葉が「愛語」という言葉である。相手の人に優れた点があるならば、大いにその優れた点をほめてやるべきだし、ほめるところがない人に対しては、いたわりの言葉を与えればよい。

優しい言葉をかけることが好きになると、次第に優しい言葉の数や回数も増えていくものである。そして努めて優しい言葉を相手に告げる事に努力していると、今までは頭にさえ上がってこなかったような優しい言葉が口から出るようになる。現にいま生きている間だけでも、自分から進んで優しい言葉を述べるべきである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
私は営業をやっていまして部下もいるものですから、どうしても商売上不都合があれば怒る訳ですね。どういう訳か先生のお話を聞く様になってから言葉が優しくなったと、それは私自身より周りの連中が言いましてね。友人は「部下を教育するのにちょっと迫力がない、お前もっと厳しく怒れ」こういう事をたまに言われる訳なんです。今日の先生のお話とこの本の話を聞きまして、多少なりともまた勇気付けられました。ありがとうございました。

先生
その点では、叱るという事も一つの情報の伝達なんですよね。だから自分の言いたい事が相手に伝わるためにはどういう形で伝えたら一番いいかと言う事でね。その点では、感情に影響されないで言いたい事を相手に伝えると言う事がかなり大事な事だ。叱ると言う事もそういう意味があると思います。だから感情がこもってしまうと、言いたい事が伝わらなくて、相手の方もビックリしちゃって、聞かなっきゃならん事を聞き損なっちゃうと言う心配もある訳ですね。

質問
どうも乱暴な言葉を言っているうちにエスカレ-トするわけですね。それで余計な事も言ってしまう。で、最後に「バカヤロ-!」と言う言葉も出て来ると言う事ですね。その点を注意しなきゃいけないなあと。

先生
そう。まあこれも戦力とも関係があると思うんですよ。日本の軍隊というのは非常に厳しかったと言うか、上下の秩序があったと言われているんだけれども、戦力にそういう秩序というものがどの程度役に立ったかと言うと、まあ必ずしも優れた戦力にはならなかったんじゃないか、戦力と言うのはもっと別のところに蓄えなきゃならんと言う事情があるんじゃないかという気がしますね。
                            つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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