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正法眼蔵 空華 2

「空華」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話は続きます。

それからしばらく時間が経ちまして、ドイツに「カント」と言う哲学者が生まれた訳であります。このカントと言う人は、デカルトが考えた様な考えをさらに進めまして有名な本をいくつか書いている訳でありますが、その有名な本がいずれもこの認識論に関係している訳であります。

どんな本を書いたかと言うと、たとえば「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」と言う本を書いています。ここで「批判」といっているのは、別に批評すると言う事ではなくて、我々のものを考える能力が哲学的に見て本当に基礎がしっかりしているかどうか、と言う問題を考えていった訳であります。

「純粋理性批判」では、我々が1+1=2,2+2=4と言う考え方をするけれども、そういう判断が本当に正しいのかどうかというふうな事――正しいのかどうかと言うよりも、しっかりした根拠があるのかどうかと、こういう問題を考えていった訳であります。「実践理性批判」では、我々はこれが善であるとか、これが悪であると言うふうな善悪の問題を考えるわけでありますが、そういう善悪の基準が本当に根拠があるものかどうかと言う問題を掘り下げていった訳であります。

こう言う問題を掘り下げていった場合に、カントが問題にしたのは人間の心の働きと言う問題であったわけであります。デカルトが哲学問題の出発点に自分がものを考える力があると言う事を使ったのと同じ様に、カントも自分の心の動きが本当に正しいのかどうかと言う問題を掘り下げていったと、こう言う事が言える訳であります。

ですから、カントの本には「理性」と言う言葉が出て来る訳であります。理性とか判断力と言う問題はいずれも人間の心の働きに関連した問題でありまして、その点では、こういうデカルトとかカントとかという人々の哲学の基礎を主観主義と言う事が出来る訳であります。つまり人間の心の働きを中心にして哲学問題を考えていったという共通の傾向がある訳であります。
                     続く--



          ―西嶋先生の話―

日本は一般に仏教国と言われているわけですが、今日我々の周囲の状況を見ますと、仏教思想が本当に理解されておるかというと大変心もとない感じがするわけです。確かに日本の国民で自分の家が仏教に所属しておるという人は多いわけですが、今日書店に並べられている仏教書というものを見ましても、本当に仏教思想が書いてあるのかどうか首を傾けるような本が非常に多いわけです。

そういう点では、今後日本に仏教がどんな形で広まっていくかという問題を考えますと、必ずしも楽観できないような気がするわけです。ただそれと同時に、世界と仏教という関係を考えてみますと、必ずしも悲観しなくてもいいのではないかと最近感じたわけです。どうしてそういう事を感じたかというと、先週英語の本ですが「The Tao of Phisics」という本を読んだわけです。

私はこの本を一年ぐらい前に、現在私の「正法眼蔵」の英訳の手伝いをしてくれているラッチフ-ォド君から読んでみないかという話を聞いたわけです。ただその時、私は自分が中学(旧制中学)の時に物理学をやったわけですけれども、物理学というのは非常に難しい学問で、あんまりおもしろい学問でなかったという記憶があったものですから、どうも物理学の本を英語で読んでみてもわかりっこない、まして量子論とか、相対性原理というのは日本語の本で読んでもわからないんだから、まず自分は読んでも無理だと思って読まなかったわけです。

で、この9月に洞慶院で英語で坐禅会をやったわけですが、その時にレ-ニ・レベテッツという映画監督が参加しまして、この人は現在メキシコとコロンビアと両方に家を持っておるというスペイン系の人ですが、その人がやはりこの本を読んでみないかと言ってくれたわけです。その時にもあまり踏ん切りがつきませんで、その頃英語の歴史の本を読んでいましたから、その本でも読み終わったら読もうかなと思っていたところが皆さんの中でもご承知の方がおられると思いますが、私のところへほとんど毎日のように英語を教えに来てくれるベリ-という人がいるわけです。

その人が私の英語のテキストにこの本を使い始めたわけです。で、一冊私のところへおいて行ってくれましたので、否応なしに読むことになりまして、読み始めたところがなかなか面白くて、一週間その本ばかり読んでいたという事で、まあ想像したような難しい本ではなくて、非常にわかりやすい言葉で近代の物理学――量子論とか相対性原理とかの説明があったわけです。
                            つづく--


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。69歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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