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正法眼蔵 空華 1

「空華」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。

この「空華」の巻で取り扱っている問題は何かと申しますと、哲学の用語で言うならば認識論と言われる部門がある訳であります。認識論というのは我々がものを考えたり、ものを感じたりする事の基本的な関係を考える哲学上の部門であります。この「空華」の巻は西洋哲学の問題に関連して言えば、この認識論と言う問題と密接な関係がある訳であります。

そこで認識論とは一体どういうものかという事を簡単に申し上げますと、近世の哲学、近代の哲学で申し上げますと、近代の哲学における一番最初の一人としてフランスの哲学者「デカルト」という人がいる訳であります。彼が哲学問題を考えていくに当たって、非常に有名な言葉を残している訳であります。その言葉は「我思う故に我あり」。

これはどう言う意味かといいますと、デカルトという人は哲学問題を考えていくにあたって一切を疑うと言う方法をとった訳であります。我々は普通、目で机を見る、目で畳を見る、目で壁を見ると言う形で目で様々なものをみている訳でありますが、デカルトはどう言う事を考えたかと言うと、机と言うものが我々の目に入っているとか、あるいは手で触れると何かが感じられると言う事実から、机と言うものが本当に存在するという事は断定できないと、こう言う事を考えた訳であります。

これは常識的に考えるとたいへん奇妙な考え方でありますが、本当に理論的に問題を考えていくならば、机が自分の目に見える、自分の目から光線の刺激が入って、それが脳細胞に伝わって、そこに何かがあると感じたのは、机そのものがあると言う事ではなくて、自分の脳細胞の中で刺激を受けて何らかの変化があっただけの事だという捉え方をしたわけです。

そうすると、机があるかどうかと言う事はハッキリ断定できない。ただ自分が机があると考えると言う事、これは自分の心の中の問題で疑いようがない。だからこの世の中に存在する一番確かな事は、自分が何かを考えると言う事実だけだ。こう言う考え方を基礎にして、人生問題を次々に考えていったと言う事がある訳であります。これが近世における哲学の一つの出発点とされている訳であります。
                        続く--


          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
「正法眼蔵」の教えは尊いものではあるけれども、私は先生の様に世界唯一とは思えないんですね。先生が「私は経験しないことはしゃべらない」と、「本にどんなことが書いてあったってそれを直ちに信じない」と。私もそうなんですね。経験しないことは信じられないけれども、経験したことは相当信ずる。その立場から言いますと、必ずしも「正法眼蔵」が世界唯一の教えであるとは信じきれない、そういうところがある。

先生
私が「正法眼蔵」に近い思想として最近感じているのは近代物理学です。これは仏教との間に非常に近親感があるように思います。「正法眼蔵」に説かれている思想に一番近い思想と言えば近代の物理学です。相対性理論とか量子論というものです。これは「正法眼蔵」の内容を検討していきますと非常に近い。ただそれ以外に近いものを私は今まであんまり発見できていない、そういう感じです。

質問
いま質問された方は先生の言われている通りに、とりあえず「そうか」という事で坐ればいいんじゃないかと、ただそれだけのことなんだから、信じるか信じないじゃなくて、坐ればいいんじゃないですか。それ以上頭でゴチォゴチャいう事でもないし―――。
     
先生 
確かに仏道というのは坐禅することが一番最初ですね。それがすべてだと言ってもいいと思います。ただ人間というのは理屈が好きなんです。だから坐禅をしているだけではどうも満足できなくて理屈の方も知りたいと、こういう事は人間の本能としてあると思います。だから本を読むこともやっぱり避けるわけにはいかないと、そういう問題があると思います。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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