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正法眼蔵 都機 15

釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

銘記せよ。月が動いているその様子は、その言葉の上では「駛」という言葉を使って早く動いていると表現されているけれども、時間というものが過去・現在・未来とあって、その時間の経過に従って動いていくという捉え方ではない。その瞬間瞬間における月の実体を捉えるのが釈尊の説かれた教えにおける態度である。したがって具体的に一つの瞬間における月、また別の瞬間における月という、個々の具体的な月があると言わざるを得ない。一つの瞬間における月、また別の瞬間における月が、まさに現実の月である。

この様に考えてくると、西堂智蔵禅師、百丈禅師、南泉普願禅師が取り交わした月に関する問答の中で、西堂智蔵禅師が「まさに供養に適した時点である」と言われた表現も、百丈懐海禅師が「まさに修行にとって最適の季節だ」と言われ表現も、南泉普願禅師が「そんな暢気な事はどうでもいい」と言うふうな態度で袖を払ってさっさと立ち去ってしまった態度も、まさに具体的な現実の月に対する一つの表現である。

月が丸いとか三日月になっているとかと言う様子は、月が現れたとか月が姿を消したと言うふうな時間の系列の中における月の捉え方とは異なるのである。円い月は円い月、三日月の月は三日月の月で、それぞれの瞬間瞬間において現実の姿を示していると言わざるを得ないのであり、月を理解する場合に1番目の段階においては、月が消えたとか月が現れたと言うふうな言葉の説明をする。2番目の段階においては、その様な言葉による表現をやらないと言う態度がある。

3番目の段階においては、月の現実の現れ方をそのまま、ある場合は手放し、ある場合は捉えると言う両方の態度で現実の立場において理解する。4番目の最終段階においては、その様な現実的な捉え方も乗り越えて、月そのものを現実の世界の中で本当の意味で捉えると言う態度がある。

この様な四段階の捉え方によって、月と言うものを理解していけばこそ、いま現に目の前にある満月、半月、三日月と言うふうな形で様々な具体的な月があり得るのである。
             
            「正法眼蔵都機」
            1243年 旧暦1月6日
            観音導利興聖宝林寺において沙門道元が書き記した。




          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
道元禅師さんなり、その先生の如浄禅師なりが、寝ても覚めても坐蒲を持って歩いて、横になって寝たことがないというぐらいに、一所懸命坐禅をされたと言われていますが、我々の一所懸命は赤ん坊が遊んでいるようなものなんですかね・・・。

先生
いや、そうじゃない。道元禅師なり天童如浄禅師が袂に坐蒲を入れて何処ででも坐禅をされたというのは、坐禅がお好きだったからですよ。坐禅というものぐらい有り難いものはないという事がよ―く分かっておったから、暇さえあればやられたんですよ。だから、坐禅というものはいかに有り難いかという事を体の実感として感じることが当然のことなんです。特に仏道修行者の人はそういう時間を与えられているわけですから、こんな有り難いことはないと思って暇さえあれば坐禅をやっておられたという事。

悟りを開こうと思って、嫌なのを我慢してねじり鉢巻きでやられたわけじゃないんです。坐禅をやっている時間ぐらいありがたい時間はないと思って絶えず暇さえあればやられたんです。そういう事が天童如浄禅師なり道元禅師の実情だと思います。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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