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正法眼蔵 夢中説夢 7

その様な形で真実を説くというまさにその瞬間においては、我々の住んでいる真実の世界を縦横に説き尽くすという事が、数限りなく無際限に行われるのである。その様な説法というものは単に無限に広がっていると言うだけではなしに、もうこれ以上細かくは砕けないと言う物質の最小単位の中においても真実は説かれるのであり、その様なたった一つの最小単位の物質の中にも、真実の様子と言うものは絶える事なく生き続けているのである。

この様な基本的な原則というというもの、言葉では表現できない様々な事態を説いていくに当たって、敵対関係にある人でさえその様な真実が説かれる場面においては笑ってでき頷くのである。このような場面においてはどのような場面と言えども、言葉では表現する事の出来ない何かを説くのであるから、深い情趣というものを具えた内容が説かれていくのである。

この様な理由から真実の説かれる場面においては、この世の一切というものが、直接に無限の真実を説いている世界となるのであり、宇宙全体が明々白々とした因果関係(原因・結果)の連続である。またそのような状態というものは、真実を得られた沢山の方々の最高の状態でもある。

はっきりと承知しておかなければならない事は、真実を得られた方々による強化、指導というもの、並びに真実を説く教えというものは、いずれも無限に教えが建立されたものであり、それらの教えが何らの拘束なしにその場所に安定した形で位置を占めているのである。その様な真実を説く世界においては、様々な事物が去った説か現れたとか、生まれたとか消えたとかという末端の議論を考えるべきではない。結論的に言える事は、一切のものがこの場所から消え、一切のものがこの場所に現れて来たというに過ぎない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
「大法輪」と言う雑誌の今週号を見たら死後の世界の特集がありました。因果報酬・輪廻・縁起とか、そういうものを断ち切るためには仏にならなければいけないと・・・。お釈迦様はそういう余計な事を考えるなと言って、死後の世界を教えるのは好まなかったと書いてありましたがよくわからなくなりました。

先生
輪廻転生と言う思想は仏教が生まれる以前にインドで非常に盛んだった教えです。つまり「人間は死んでも次の生涯があるんだ」と、そう言う考え方が古代インドでは盛んだったわけです。釈尊はその考え方を肯定されなかった。そこに仏教の特徴があるわけです。ただ中国でも同じインドの思想としていろんな問題を考えたために、また仏教経典の中にもそう言う輪廻転生の考え方が出てきているために、釈尊の説かれた教えとそれ以前の古いインド思想とがかなり混在して我々の時代に伝えられていると言う問題があるわけです。
    
だからそういう点では、輪廻転生の思想を仏教は批判された。そういう事が歴史的に言えると思います。それを我々の実感として感じるために坐禅をやる。坐禅をやっている時には何もないわけです。輪廻転生なんて言う事は出て来ない。いくら思おうと思っても、そんな事はとうてい信じられないと言う形でしか坐禅の境地と言うものは出て来ない。釈尊が坐禅に頼られたという事は、そういう頭の中で人間が考え出した思想を払い落とすために、坐禅をやられた事でもあわけです。ですから仏教の基本思想と言うのは、輪廻転生思想とは別の思想だと、そう言うふうにはっきり見ていいと思います。

質問
私は本当を申しますとキリスト教のカソリックを信じている者です。だんだん年齢も高くなってまいりますと、何か今迄見落としたものがあると言う事を最近痛切に感じましてね。今日伺いまして法話と言うものを生まれて初めて聞かせていただきました。私にとって一番初めキリスト教の門をたたいた時の感覚的なものと言うのは、非常にバイブルがナイ-ブな書き方でよくわかったんです。

今お話をお伺いし非常に深い事を言っているのはよく分るんですが、一言一言が難しい単語がありすぎると言う感じがして、もうどうしようかしらって、今すごい深さと言うものをとても感じているわけですが・・・。
 
先生
私の話を最初に聞かれた時は、大抵の人が「分らん」と言いますよ。

質問
ああ、そうですか。

先生
それで少し回数を重ねますと、何となく少し分ってきたなという事で、少しずつ分って来ると言う事が実情だと思います。ですから最初聞かれて「分かった」と言う感じの人は殆どいないんじゃないかと思います。なんだか訳のわからない事を言っていると言う事で(笑)我慢して聞いているうちに、少しづつわかって来る、そう言う事だと思います。
 
質問
それじゃ安心しました。 ありがとうございました。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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