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正法眼蔵 身心学道 11

真実を学ぶというのはこの様な状態であるから、心というものとは一体何かという事を考えて見た場合に、心というものが独立して別にあるわけではない。垣根、壁、瓦、小石が現に目の前にあると言う事が心があると言う事の唯一の証拠である。仏教では三種類(欲界・色界・無色界)の世界が心だとか、宇宙(法界)が心と同じだというけれども、垣根、壁、瓦、小石というものが心だと捉えた方がより現実に適合する。

垣根、壁、瓦、小石と心とが一つだという立場は極めて現実的な人間の行いを中心にした世界だから、たとえば疎山匡仁禅師は咸通年号の以前には仏道の真実を会得したけれども、咸通年号以後にはその仏道を得たと言う境地も乗り越えてしまったと言われている。

これらはまさに泥にまみれ水に浸かっての努力であり、自分を拘束する何ものもないところで自分自身を縛っている姿である。その様な煩わしい状況の中で一所懸命に生きて行くのが仏道修行であり我々の日常生活の実態である。我々のこの六尺前後の小さな体も、一所懸命に仏道修行(坐禅)をし真実を得る事で価値あるものに変わるのである。

そしてその様な仏道修行をする事によって、様々な問題が一斉に解決する日にめぐり合う事もあるし、真実を得たと思い大いに自信を持っていたが、さらに修行をする事によってそういう自信もいらなくなってしまう時もある。その点ではごく些細な事の中で真実と一体になると言う状況もあり得る。




              ―西嶋先生の話―
    --つづき

この会のように○○会社さんのお陰で運営されている会というものもあるわけでありますが、今日の経済体制はどうしても企業中心の経済体制でありますから、仏教が盛んになるためにも、やはり企業と結びついた布教の仕方が不可欠なのではないか。その点ではこの会はそういう運動の一番最初の形だという事が言えると同時に、今後日本の国で仏教が盛んになっていくためためには、企業との結びつきによって、社員教育とか職場秩序の維持とかと言うものと関連して、仏教が取り上げられて説かれていくと、そういう形のものが発達してこないと、中々仏教が今日の時代に生きてこないんではないかという心配がある訳であります。

経済的な基礎の面から見ても、仏教と言うものが変わりつつあるのではないか、また変わっていかないと中々盛んにならないのではないか、とこういう心配があろうかと思う訳であります。

3・滅諦(行い)の立場
「正法眼蔵」が説いておる仏教は、日常生活と非常に密着しておる。仏教と言ってみても日常生活でどういう生活するかと言う事に尽きる。こういう考え方があるわけであります。ただ、明治維新以降日本で盛んに説かれてきた仏教は、心の問題を中心に説かれておりますから、実生活との関連が割合少ないのではないかと言えるわけであります。その点では、我々がやっておる仏道というのは、日常生活をどうやっていくかという事の基礎を仏道に求めておると、そういう面があろうかと思います。

4・道諦(坐禅)の立場
「正法眼蔵」が説いておる一番の究極は、仏道の中心は坐禅をやる事であると、こう言う主張があるわけであります。その点では、明治維新以降説かれた仏道の中では、坐禅ももちろん説かれてはおりますけれども、その中心的な問題としては説かれていない。ところが「正法眼蔵」の主張は、仏道の中心は坐禅という事が基本でありますから、その点でも、今後仏道が本当に盛んになるためにはやはり坐禅が盛んにならなければならいと、そういう事もあろうかと思います。

そういう点では、我々のやっている仏教、仏道というものが、明治維新以降続いてきた仏教とかなり性格が違うと言えると同時に、「正法眼蔵」を通じてそういう仏道がもう一度日本に生き返って来るという事が、日本のためにも、あるいは世界の思想の流れのためにも非常に大きな意味があると考えて差し支えないのではないかと思うわけであります。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名 幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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