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正法眼蔵 身心学道 5

釈尊は一国の王子であった。どうしても真実が知りたいという事で将来国王となるべき地位を捨てて、密かに王城を抜け出して山に入られた。これも個々の瞬間瞬間の個々の心境における出入りと言う具体的な事実に他ならない。釈尊が仏道修行の場所として山に入って行った境地というものは、坐禅の最中に何も考えないという境地を考えている境地に似ている。

山の中に入って行くという事は世間の人が嫌うところではあるけれども、ものを考える境地を超越した状態である。この様な境地を我々がものを見る眼として使う場合に、その大きさは二石三石と言う途轍もなく大きな目玉で実態を見るという事である。それを過去の行動から生まれた様々な見方に照らし合わせた場合その現れ方は千差万別である。

この様な形で真実を学ぶ事によって当然の賞賛が伴う場合もあり、また時としては賞賛は得られたけれども、その内容が十分に具わっていないという場合もある。しかし、密かに釈尊と同じ様な身心の状態で呼吸(坐禅)をし、ある場合には何の変哲もない普通の人間が、きわめて普通の行いをしながら、しかも釈尊の体験されたと同じ体験をして行く事が、遠い昔から絶えず行われて来た仏道修行者の基準である。



              ―西嶋先生の話―

中道思想とはどういう事かといいますと、別の言葉で言えば「断常の二見」を離れているという事。「断常の二見」とはどういう事かというと「断見外道」と「常見外道」という二つの考え方をいうわけです。「断見外道」はどういう考え方かといいますと、我々の人生は生きているだけのものだ。後は何もなくなるんだから、後は野となれ山となれだ。そうすると「いいことをしなさい、悪いことをしてはいけません」と言うのも、当てになるかどうか分かったものではない。この世の中に生きている間に楽しい思いをして終わればいいんだという考え方になるわけです。

それに対して「常見外道」はどういう考え方かといいますと、この世の中には正しいものがあるんだ。それが本当の我々の住んでいる世界の基準であって、そういうものから外れてはいけないんだ。そういう基準に従っていれば、我々はいつまでも永遠に生きられるんだという考え方が「常見外道」という考え方です。

この二つの考え方は今日我々の住んでいる世間においては、まずほとんどと言っていいくらいの人がどちらかの考え方を持っているというのが実情です。今日は仏教が必ずしも盛んな時代ではありませんから、今日の社会に生きている人々の間で仏教を信じている人は非常に少ない。仏教を信じない人々が何を信じているかというと、ある人は「断見外道」を信じているし、ある人は「常見外道」を信じているわけです。

もっと現実的に言いますと、「常見外道」は一般の普通の宗教を信じる立場です。こういう事をしてはいけない、ああいう事をしてはいけないという考え方で生きるわけです。それに対して「断見外道」は、それは全部でたらめだ、そんな宗教なんていうのは大体いい加減なものであって、本当のことは何もないんだ。したがって、やりたい放題やって一生を終るのが一番いい生き方だという考えです。

この二つの考え方が、我々が今日生きている社会の中心を成しているという事が言えるわけです。ですから、この世の中にはいわゆる善人という人がいて、こうしなきゃならん、ああしなきゃならんというふうにいつも良心的に生きようとしているわけです。で、自分自身が良心的に生きているばかりでなしに、人に対してもこうしなきゃならん、ああしなきゃならんというわけです。不思議なことに、いわゆるこの世の中の善人という部類に属する人々は人に対して非常に厳しい。そして自分自身に対しては「俺は非常な善人なんだからこのくらいのことはやってもそう咎めは受けないんだ」と言う生き方をしているわけです。
                              つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。69歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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