FC2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

正法眼蔵 身心学道 3

仏道(釈尊の説かれた真実の教え)を学ぶに当たってとりあえず二つの方法がある。それは心を通じて学ぶ方法と、体を通じて学ぶ方法である。

心で釈尊の教えを勉強するという事は、様々な心を使って釈尊の教えを勉強することである。その様々な心には、質多心・汗栗駄心・矣栗駄心と呼ばれる心というものがある。また別の場合には、感応道交をして菩提心を起こして、それ以後釈尊の説かれた偉大な真実の教えに全面的な信頼を寄せ、菩提心に基準をおいた行動を実際に学んでいくのである。

※西嶋先生解説
質多心(普通に我々がものを考える心)) 汗栗駄心(美味しいものを味わったり、目でものを見たりという感覚的な心) 矣栗駄心(心が一つに集中した状態) 感応道交(我々の心と宇宙の実態とが神秘的に影響しあう事) 菩提心(真実を知りたいと言う気持ち)

本文に戻ります。
その際、自分自身では中々真実を知りたいという気持ちが起きてこないような場合でも、過去における仏教界の先輩方のやり方を真似すればいい、真似すべきである。これこそが発菩提心(真実を知りたいという気持ちを起こす事)であり、赤心片片なり(瞬間瞬間における真心の披瀝)であり、古仏心(過去において生きられた真実を得られた方々の心)と同じものであり、平常心(ごくあたりまえの心境)であり、三界一心(宇宙の全てを見通した心境)である。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
「真実を得た」というのは、どう言う事ですか。

先生
これは釈尊の教えがすっかり身についたと言う事です。

質問
という事は、どう言う事でございますか。

先生
釈尊の説かれている事が何もかもよくわかるようになった。それが日常生活でどういう事を意味するかが分かって、日常生活そのものに滞りやこだわりがなくなったという事。それはもっと別な言葉で言えば、ごく自然にきわめて当たり前に日常生活が出来る様になったという事です。
  
質問
そのような人は、具体的にいるんでしょうか。

先生
そりゃいます。

質問
現代でもおるんでしょうか。

先生
おります。

質問
沢山おられますか。 
 
先生
人数はまあ誰でもがそうといういわけにはいかんだろうと思う。大抵は「こだわり」を持って「こだわり」を楽しみにして生きているのが我々の普通の日常ですよ。だから「こだわり」がなくなるとつまらなくなってしまうと言う事情もあるかもしれない。大抵の人は「こだわりを持って「これが俺の生きがいだ」という事で頑張ってそれぞれ生きているわけです。選挙が始まると、車にのって「何々です、お願いいたします」と言っている人々は、いずれもそう言う「こだわり」があって、何とかしてその「こだわってるもの」を得たいと思って頑張っている。そういう生き方と言うのが社会生活のほとんどと言う事は言えると思いますよ。

質問
日々の努力を真実を得た後も続けていけばいいんだけど、じゃあまず真実を体得しなければいけないという事ですか。

先生
と言うよりも、体得するための努力と言うものがあるわけです。それから体得したと言う状態もあって、その後もその前と少しも生活態度を変えずにずっと仏道修行を続けていくと、そういう意味です。

質問
我々も仏道をやっている以上、やっぱり真理を体得した段階と言うか、そこを通らなければいけませんね

先生
そう言う問題もあります。

質問
通ったんだか、通らないんだか、このままいけば通れるんだか、通れないんだか、なんかそんなところ全然分らないんですね。

先生
基準として、毎日朝晩坐禅ができる様になったらまず卒業と見ていいです。これが一つ。それから「正法眼蔵」はどこを読んでも分る様になったらこれもまぁまぁだと言う事です。まあ「正法眼蔵」の方はどうでもいいんですけどもね。しかし、毎日朝晩坐禅ができる様な習慣がついたという事は、人間としてかなり完成したというふうに断言していいです。
                         


          

関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問ありがとうございます。
夫と二人暮らし。69歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」授かる。    

最近の記事

リンク

最近のコメント

カテゴリ

フリーエリア

坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

FC2カウンタ-