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正法眼蔵 光明 8

唐の憲宗皇帝は穆宗皇帝、宣帝皇帝の父に当たり、敬宗皇帝、文宗皇帝、武宗皇帝の祖父に当たる人である。

憲宗皇帝はある時、仏舎利(釈尊の遺骨)を宮中にお迎えして供養していた。ある夜、その仏舎利が光り輝いたので皇帝は非常に喜んだ。朝早く沢山の家臣が宮中に集って来て、いずれの家臣もお祝いの文章を奉った。その文面は「憲宗皇帝の徳が非常に優れていたので、それが釈尊の気持ちにかなって、この様に釈尊の遺骨が光輝いたのでありましょう」と。

韓退之は憲宗皇帝の家臣であった。韓退之はかつて、釈尊の教えをその講義の末席に坐して勉強した人であった。この韓退之だけが憲宗皇帝にお祝いの文章を奉る事をしなかった。

そこで韓退之に憲宗皇帝は質問した:他の家臣たちはそれぞれ自分にお祝いの文章を奉ってきたのに、お前はなぜお祝いの文章を奉らないのか。

韓退之返事をして言う:自分がかつて釈尊の説かれた教えを読んだ際に、釈尊の発する輝きというものは青、黄、赤、白とかという眼に見える輝きではないと書かれていた。この度の釈尊の遺骨が光を放ったと言ってみても、それは龍神の様な不可思議なものがいて、それによって生まれたところの輝きでありましょう。そういう不思議なものが発する光は決しておめでたい事ではないと思います。釈尊の教えとは別の問題だと思います。したがって自分はお祝いをしません。

そこでさらに皇帝が質問して言う:では、どの様なものが釈尊の説かれている光か。
この憲宗皇帝の質問に韓退之は何の返事もしなかった。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
嘘は嘘ではないか本当は本当じゃないか、宇宙全体が真理だという考え方はあんまりやりません。会社勤めだと利益追求が第一番になりますから、損したって得したって同じじゃないかと言いきれないんであって「損はしちゃいけない、負けちゃいけない、勝たなきゃいけない」って、どうしてもそういう事になりますから、こういう「正法眼蔵」は仏道の本旨かもわかりませんけども分かるまでにはなかなか大変だと思います。

先生
それでね、今出てきたお話で嘘という事があるかどうかという問題なんですが、宇宙の中に嘘というものはないんですよ。じゃ現に嘘というものはあるじゃないかという事になりますけれども、これは全部人間がつくるんですよ。嘘の製造者は人間ですよ。宇宙の中に本来嘘というものがあるわけじゃなくて、人間が嘘をつくって嘘を存在させているという事だけのことだと、こういう事情が嘘とか真とかというものにはあると思います。

それからもう一つ、利益追及と仏道との関係ですけれども、利益を得たいと言って一所懸命努力することが必ずしも利益につながらないという事、むしろ正しさを基準にする方が利益につながるという事情がどうもある、経済界自体にあるという事、これは言えると思います。
                            つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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