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正法眼蔵 光明 2

「光明」の巻、本文に入ります。

大宋国の長沙景岑禅師が法堂で正式の説法をし沢山の人々に教えて言う。
全宇宙というものは、自分自身の眼の玉と同じものである。全宇宙というものは、自分自身の日常における会話と同じものである。全宇宙というものは、自分自身の体と全く同じものである。全宇宙というものは、自分自身に具わっている明るさと同じものである。全宇宙というものは、自分自身の明るさの中に内在するものである。全宇宙というものは、自分自身と同一でないものは何もない。

長沙景岑禅師の言われた言葉について道元禅師が注釈されます。
釈尊の説かれた教えを学ぼうとする人は、この言葉を真剣に学ぶ必要がある。時間の経過と共に疎かにしたり、時間の経過と共に遠のいたりしてはならない。この言葉によって、釈尊の説かれた「光明」とは何かという事を学びえた人は少ない。

中国の後漢の時代に出られた孝明皇帝はその名は荘と呼ばれ、死後の呼び名は顕宗皇帝と申し上げ光武皇帝の4番目の子供である。この孝明皇帝の永平10年戊辰の年に摩騰迦・竺法蘭が中国に仏教を初めて伝えた。この摩騰迦・竺法蘭が中国に伝えた仏教を受け入れる受け入れないと言う論争が起きた。当時、仏教を受け入れるべきではないと主張したのは道教の人々であった。

そこで孝明皇帝は焚経台を2つ並べて、一方には仏教経典を載せ、一方には道教の教えを載せて両方に火を点けたところが、道教経典が燃えて仏教の経典が燃えずに残った。この様なところから、道教を信奉していた人々を降伏させて釈尊の説かれた真実を得た人々の不思議な力と言うものを具体的に現した。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
仏教の発展と言うのは、大きな伽藍を建てたり、いわゆる仏教美術のようなものが発展しても、それは駄目だという事ですか。

先生
うん。仏教の発展と言うのは、坐禅が盛んになると言う事でしかない訳です。道元禅師はそういう思想だったし、私も道元禅師の思想を学んでいる訳だから同じ様な思想を待つ訳です。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名 幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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