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正法眼蔵 栢樹子 2

「栢樹子」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話は続きます。

なぜそうかと言うと、仏教では物と心とを二つに分けて問題を考えると言う事をしない。だから達磨大師がインドから中国に来られた事についても、電子とか中性子とかと言う物質的な基礎のご厄介になって、はるばると海を越えて中国に来られたという事実があるわけ。

物と心とを別々に考えると、達磨大師は崇高な理想に燃えて、万里の波頭を超えて中国に来られたという解釈も出来るけれども、達磨大師と言えども歴史の中に生きられたわけ。だからその歴史的な世界の中で、達磨大師の人間としての個人生活があった。そうしてみると、自分は仏道というものが完全に分かった、誰かにこれを教えてやりたいと。そうしてインドの周辺の島にいかれてそれを教えられた。そうするとまた別の島に行く必要が出て来てそちらに移ったという形で、インドから中国に来られるまで3年ぐらいかかっておられるというふうに伝えられている。

だから達磨大師と言えども、歴史の中に生きられた方で、崇高な気持ちで、ぜひ仏教を中国に伝えようと言うふうな事よりも、日常生活の明け暮れの少しずつの努力の積み重ねが結果として中国に行かれて、仏道を中国に広められたと言うふうに見る事も出来る。

そうすると、達磨大師が中国に来られたという事実と、目先に生えているコノテガシワの木とは実質的には同じものだと。あるいは1981年12月19日における実態と決して違ったものではない。達磨大師と言えども、足が2本、手が2本、目は2つ、鼻は1つで我々と同じ様な人間であった。ただ仏道というものに非常に深く理解を持たれたから、それを人に伝えた。歴史的な環境の中で許される範囲で、可能な範囲で一所懸命努力されたという事に他ならない。

その事は我々自身も歴史的な事情の中で、できる範囲の事を一所懸命にやるという事においては達磨大師と少しも変わらない。そういうふうな意味から「祖師西来の意」という質問に対して「庭先の栢樹子」という答えを趙州従諗禅師がされたと、こういうふうに理解して間違いないわけであります。ここの「栢樹子」の巻では、まず最初に趙州従諗禅師の人柄というものを述べられて、それから後半のところで「庭先の栢樹子」の話が出て来るわけであります。



              ―西嶋先生の話―    
つづき--

人間はどうしても生きてきている以上、自分は何のために生きているんだと言う基本的問題を詰めて見たいという願いがある訳であります。自分が何のために生きているのかと言う事をはっきり掴めた場合には、自分の人生に安心がいくし、どういう生き方をしたらいいかと言う事が解かって来るわけであります。ただそういう事がわかって来ないうちは、何となく一生懸命やっているんだけれども、何となく時間が経ってしまうというふうな生き方にならざるを得ない、と言う事になる訳であります。

釈尊はこういう状態に対して、我々人間は誰でも人間の生きている理由、何のために生きているかと言う事を掴んで、人生を有意義に生きなければならないという事を教えられたという事が言えるわけであります。そしてその結果、釈尊は本音と建前と二つに分かれているうちは、人間の本当の生活は出来ない。我々がどういう人生の中に生きているかと言う事をはっきり掴んで、一所懸命に日常生活を生きていく事がいかに大切かという事に気が付いた時に、初めて人生の意味がはっきりしてくる、とこういう考え方を持たれた訳であります。

ですから最初の苦諦の考え方が、机の前に坐っていて一所懸命に本を読んだり、色んな事を考えたりしている態度と言う事がいえるとしますと、二番目の集諦の考え方は、できるだけおいしいものを食べたい、できるだけいい着物を着たい、できるだけ人からよく思われたいと言うふうな生き方と言う事になる訳であります。それに対して三番目の滅諦と言う考え方は、自分の思惑、人の思惑を乗り越えて、ただ一所懸命に日常生活を生きていく、一所懸命に働いていくと言うふうな考え方であります。

釈尊は我々の人生は何かと考えられた場合に、ご飯を食べることが人生の目的ではない。あるいは楽しい思いをすることが人生の目的ではない。自分が一所懸命生きて、働いて、どの様な有意義な働きをしたかと言う事が自分の人生の楽しみだ、と言う考え方をとられた訳であります。ですから滅諦の立場で自分の行いというものを大切にして生きていくのが人間の本当の生きがいのある生活だと、こういう事を主張されたわけであります。

ただそういう形で実際に生きるという事は中々難しいこと。その難しい問題を解決する為に四番目に「道諦」の立場として坐禅と言うものを勧められた。坐禅をやる事によって、我々自身が一体どういう人間であるかと言う事を、理屈ではなしに体の実感として掴んで、その実感を基礎にして日常生活を生きていくならば、間違いを起こそうと思っても間違いが起こせなくなる。そういう事を主張された訳であります。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名 幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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