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正法眼蔵 観音 25

雲巖曇晟禅師と道吾円智禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。

仏教の創始者である釈尊が説かれた教えが経典に表現されてたくさん残っているけれども、それらの経典の中では観世音菩薩について1000の手、1000の眼と言う表現もあるし、12の顔をもった観世音菩薩と言う表現もあるし、33種類の体に自分の姿を変えてこの世の人々救って下さると言う表現もあるし、84000と言う無数の数の姿で我々を救って下さると言う表現もある。

しかし雲巖禅師、道吾禅師が観世音菩薩を表現された場合には、、たくさんの手を持ち、たくさんの眼を持って我々人間を救ってくださると言う捉え方で観世音菩薩が説かれている。しかしここで、数が多いとか少ないとかという事が問題になるのではない。この世における真実を得られたすべての方々は雲巖禅師と道吾禅師との問答を学ぶ事によって、観世音菩薩が持っておられる境地と同じがようなものを80%、90%の形でほとんど完全に自分のものにしているのである。

               「正法眼蔵観音」
               1241年 旧暦4月26日
               たくさんの僧侶に説示した。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
十重禁戒の六番目の不説在家出家菩薩罪過戒というのがありますが、そうすると在家もそうだという事になると、これは自分はそうだけど、誰かそれを説かなきゃ困るでしょう。例えば裁判官とか。

先生
だから菩薩というのはね、仏道修行をしている人と、こういう意味ですよ。仏道修行をしている人というのは、悪いことをしようという心がけで生きているわけじゃない。ただ一所懸命いいことをしようと思っているけれども、つい悪いことをしてしまった場合に、傍から「あいつはあんなことをしやがった」と言って余計な批評はしなくてもよろしいと、こういう考え方ですね。

質問
在家も出家もですか。

先生
それはもう在家も出家も同じことで、特別に仏道修行の点では差別があるわけではないと、そういう事ですよね。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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