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正法眼蔵 観音 23

雲巖曇晟禅師と道吾円智禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。

雲巖禅師の言葉に対して道吾禅師は自分の表現を述べるならば、「体全般に行き渡って手があり眼がある、それが観世音菩薩の実態である」と言われた。

※西嶋先生解説
そのことは我々自身の体全体に観世音菩薩の手や観世音菩薩の眼と同じような働きがあるという主張でもあるわけであります。なぜかというと、我々の体というものは、ある立場から見るならば生命の塊という事。だから、頭のてっぺんから足のつま先に至るまで生命の現われでないものはない。だから道路で躓いて転んで傷をしたとしても、血が流れたとしても、それが空気の中の酸素に触れると自然に固まって来る。そして血液というものが消毒の作用もしてくれる。だから血液が固まって来るとそのまま数日たてば新しい皮膚が下から生まれて来て、いつの間にか治ってしまう。
                   ――中略――
我々の与えられている肉体というものがいかに精妙なものであるか、いかに高度な機能をするかという事が事実としてあるわけ。その事が観世音菩薩という菩薩によって表現されているということも言えるわけであります。ですから道吾禅師は「観世音菩薩の手や眼と同じような精妙な働きをする力が体全体に行きわたっている」という説明をされた。

本文に戻ります。
ここにいう言葉の意味は、手や眼がそれぞれ個々に手や眼として体全体に行き渡っていると言われた訳ではない。体のどこを取り上げても、手と同じ様な働き、眼と同じ様な働きをする霊妙な力が行き渡っているという事を表現されたのである。体そのものが手であり眼であると言うふうに、具体的に体が手となっている、眼となっていると言われた訳ではない。

雲巖禅師と道吾禅師との問答の中で、観世音菩薩が沢山の手や眼を持って、と言う言葉が使われていたけれども、この言葉の意味は、我々の体の中において、頭は頭、手は手、足は足とそれぞれの働きをしているが、その頭や手や足がそれぞれ観世音菩薩の眼や手と同じ様な霊妙な働きをすると言う事を言っておられるまでである。



               ―西嶋先生の話―

十重禁戒とは、1不殺生戒 2不偸盗戒 3不貪婬戒 4不妄語戒 5不酤酒戒 6不説在家出家菩薩罪過戒7不自賛毀他戒 8不慳法財戒 9不瞋恚戒 10不謗三宝戒です。

    --つづき

9・不瞋恚戒 (腹を立ててはいけない)  
瞋恚というのは腹を立てる。腹を立てると体の状態そのものが変わってくる。腹を立てている人と言うのは、手足が震えて来るとか、顔が真っ青になるとか、いずれにしても体の変調が腹を立てたと同時に現れてくる。そういう点では普通の状態ではないと言うところからこの戒律が生まれたわけです。

10・不謗三宝戒
仏教が大切にしている三つの宝、つまり仏・法・僧と言う宝を誹謗してはならない。
                      
                        つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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