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正法眼蔵 観音 12

雲巖曇晟禅師と道吾円智禅師の問答について道元禅師の注釈は続きます。

銘記せよ。いまここで道吾禅師が言われていることは、枕を手で掴むと言っている訳でもないし、枕を引っ張ると言う表現でもないし、枕を押し出すと言う表現でもない。今ここでは夜間に手を背中に回して枕を探すと言っているのであるが、道吾禅師の言われた境地を検討してみようとするならば、観世音菩薩が持っている眼の働きが夜と言う現実を具体的に現実のものとして現わして来ると言う事情を観察し、うかうかと見過ごしてはならない。

無意識のうちに枕を手探りで見つけている状況についても、枕のすべての限界を知り尽くしたかどうかと言うとそこまではいっていない。そしてここで観世音菩薩の実態を譬えた言葉として「手を背にして枕を手探りで見つける」と言われているが、手を背にして枕を見つける事が観世音菩薩に譬えられるような大切な事であるとするならば、同じ様に眼を背中に回して何か見ようと努力するという事もまた大切だという事ができるであろうか。夜と言うものの実態が一体どういうものかと言う事についても勉強してみる必要がある。

観世音菩薩の主体的な働きが、そのまま我々を取り巻いている客観的な世界の実態だと言う考え方であろうか。あるいは別に人間と言う主体があって、その主体の働きとして観世音菩薩の手があり眼があると言う主体的な捉え方であろうか。あるいは客観とか主観とかと言う二つに分かれた問題ではなしに、雷が飛び交う様な形で手や眼が働いていると捉えるべきであろうか。初めも終わりも首尾一貫して誤る事のない手や眼が、具体的にあの場面この場面でも現れていると捉えるべきであろうか。



              ―西嶋先生の話― 

仏道とは一体何かと言う事を考えてみますと、一つの説き方としては、宇宙の原理原則に従う事だと言う考え方が出来ると思います。ところが世間一般の考え方では、宇宙の原理原則と言う手ぬるいことを言っていたのではとても間に合わないと言う。我々は食事をしたり着物を着たり等しなければならない。宇宙の原理原則は二の次であって、もっと目先の事を一所懸命にやらなければならないと言う考え方もあるわけです。
  
ただ実際問題として、はたしてそうかと言う事を考えてみますと、目先の事だけ一所懸命にあくせくした生き方の結果がいいかどうかと言うと、どうも世間の実態から見ると必ずしもそうではないと言う面もあるわけです。たとえば経済界の動きにしましても景気の変動と言うものがある。景気の非常に良い時、景気が非常に悪い時と経済界にも波があるわけです。景気の良い時にやらなければならない事と、景気が悪い時にやらなければならない事とは別だと言う問題があります。
 
だから景気の良い時だけのやり方を覚えていて、そのやり方で不景気の時にも対処しようとすると景気の良い時に上手くいっていた事が、不景気になるとみんな逆にまずくなっていくという恐れがあるわけです。そうすると、目先、目先、当面間に合えばいいと言うやり方が案外危険な考え方だと言う事もあろうかと思います。

また規則に従うと言う事、秩序に従うと言う事も案外大事な事であります。人間が沢山寄り集まって生きていくうえにおいては、正しい規則を作ると言う事、そしてその規則を守るということが案外大切な事であろうかと思います。会社のやり方にしても、沢山の人が寄り集まって仕事をしていれば、どうしても混雑がおこる。だからその混雑が起きないように整理するのが「長」と言う肩書きのついた人の一番主な仕事ではなかろうかと思います。
  
そういう点では、簡単な規則を決めて守らせる。その規則が正しいものであるならば、職場の秩序に非常に役立つというきわめて原則的な問題があろうかと思うわけです。そういう規則の根本にあるものを釈尊が説かれたのです。そしてそれを我々に教えられたと言うのが、仏道の教えの意味ではなかろうかいう風に感じるわけです。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」幽村芳春 平成20年「嗣書」    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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