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正法眼蔵 海印三昧 26

曹山本寂禅師と僧侶との問答について道元禅師の注釈は続きます。

この宇宙が厳然として存在すると言う時点に立つならば、仮にその中における山というものを取り上げて見ても、その山が常に高くて、その上に我々が立っていると言う事だけが山の性質ではない。水というものを考えてみても、水にも様々の現れ方があって、海の水もあれば、茶碗の中の水もある、草の葉に宿った一滴の水のあり方もある。

非常に大きな深い海の底を行くという事だけが水の性質ではない。山にしても川にしても、様々の変化があり様々な現れ方がある。それが我々の住んでいる宇宙の実情である。我々はそういう様々な変化を持った膨大な宇宙の中に生きているのであるから、宇宙の中における我々の行動も、ある時は積極的に、ある時は消極的に様々な姿があり得る。

仏教経典ではこの我々の住んでいる大きな世界を、仏の性質に満ち満ちた世界と表現もするし、光明に満ち満ちた世界とも表現するけれども、結局我々の周囲に存在する沢山の事物、それが仏の性質に満ち満ちた世界、光明に満ち満ちた世界そのものに他ならない

そして我々はそういう大きな海の中に浮かんで毎日泳いでいるわけだけれども、その泳いでいる際に、海というものの様子がすっかり分かって、海の底まですっかり見えるという事ではない。しかしながら、具体的にその中を泳ぎ回ると言う実践を重ねて毎日の生活をやっている我々の実情としては、つまらぬ疑問をあれこれと持つ必要のない状況に置かれている。



  
          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
今の時代は善悪の境界線というか、そういったものがすごく明白じゃないというか・・・。例えばこれは現代ではないですが、鼠小僧の様な人がいまして、貧乏人に盗んだ金をばらまいてやると。そういう行動は仏道という物差しではかりますと、どのようなことになるんでしょうか。

先生
その点では鼠小僧の問題は、これは講談から生まれた話ですからね。お伽噺の一種だから、まあ基準になるかどうかよくわからんわけですけれども、それと同時に今日が善悪というものをほとんど問題にしない時代だということははっきり言えると思います。

なぜそういう時代が生まれたかと言うと、昭和20年8月15日以前までは日本の国には国家主義という一つの基準があったんです。ですから国家主義にかなうものは善であり、国家主義に反するものは悪であると、こういう基準があったから、明治維新以降昭和20年までは日本国内の考え方というものは善悪が非常に徹底しておった。

ところが昭和20年の8月15日に今までの基準は全部ウソだと、こういうことになったということは、国家主義の基準が全部崩れてしまったわけです。そのことは、善悪の基準というものは全くなかったということを意味するわけですから、そこで善悪の基準として何が残ったかと言うと、功利主義の道徳が残ったんです。つまり損をすることは悪であり、得をすることは善であると、こういう功利主義の考え方が昭和20年以降、国民の信仰として強固な形で今日でも生きているわけです。

そのことは、昭和20年8月15日以降日本国民の99%までが唯物論者になったということを意味するわけです。唯物論の立場に立つならば、善悪の問題というのは全部損得の問題に解釈し直されるわけです。ただ善悪の問題というものを考えてみた場合に、損得だけで善悪の全てが説明できるかと言うと、これは本当の意味での善悪の説明にならない。ただ唯物論の立場からするならば、善悪というものは、すべて損得の立場で考えるべきものだという原則がありますから、今日我々の社会思想というものは損をすることが悪であって、得をすることが善であると、こういう考え方で一切が運営されておると言っても間違いではない。

だから五億円を机の上に置かれた場合に「あ、ありがとう」と言って受け取るというふうなことも、昭和20年以降、日本国民の間に行われている倫理道徳観からするならば、一向に悪くないんです。倫理道徳の問題ではない。ただ日本に法律があったから、法律に引っかかるか引っかからないかということで問題になったというに過ぎないと、こういう問題があると思います。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
夫と店を始めて43年。生活=仕事。毎日朝晩自宅で坐禅をし、愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで紹介しています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」平成20年「嗣書」を授かりました。    

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