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正法眼蔵 行持(下) 62

天童如浄禅師の教団に綿州の出身で道昇という名前の人がいた。

道昇は老子や荘子の教えを勉強している人であり、その仲間は5人いた。それらの仲間5人が一斉に誓いを立てて言うには、「我らは生きている間に、必ず釈尊の説かれた偉大な教えを理解して我が身のものにしよう。それが達成されるまでは決して郷里には戻るまい」と。

この様な5人に対して天童如浄禅師は非常に喜んでおられたので、経行についても坐禅についても、いずれも他の多くの僧侶とまったく同じ様に修行をさせた。その5人を並べるときには、彼らが僧侶ではないと言う事を明確にして尼僧の次の席に並ばせた。これは極めて珍しい優れた事例である。

また福州の出身である善如と言う僧侶が誓いを立てて言うには「自分はたとえ一歩と言えども、故郷である南方に向かって旅立つ事はすまい。もっぱら釈尊の説かれた偉大な真実に参入しよう」と。

天童如浄禅師の指導していた教団にはこの様な人が沢山いた。その事は自分自身(道元)が中国に行った時に現に見たところである。この様な人々と言うものは他の師匠のところでは見受けられない事例であるが、大宗国における僧侶の中心的な人々の清い行いであり戒律の保持である。我々には中々この様な心構えというものが具わっていない。それは悲しい事である。

我々はたまたま釈尊の説かれた教えに出会う事ができたけれども、尚この有様である。もし釈尊が説かれた教えに出会わなかったとしたならば、その体のあり方、心のあり方と言うものはどんなに恥じても恥じ過ぎるという事はない様に思われる。


                
          ―西嶋先生の話―

たまたま仏道というものに縁があって、一回でも坐禅をした事の意味というのは非常に大きい。そういう経験を持つ事によって、その坐禅の時の境地というものがその人の一生の中心になる。だからそれから外れようとした場合に、全然坐禅をやった事のない人は、中心がないからどこまでも外れる、無限に外れる。

ところが坐禅の経験のある人は、あるところまで行くと「あ、こいつはおかしいぞ。ここまで行くとちょっとまずいぞ」という事にどっかで気がつく。坐禅の功徳と言うのは、そう言うところにある訳です。ブレ-キがかかるか、かからんかと言う事がかなり大事な事。人生、ブレ-キがかからんと、どんな悪い事もできる。結局は刑務所の塀の中へ入って、出てこないという場合もある。(笑)
 
各人、それぞれ自由であるから、何をやるも自由である。それと同時に、基準があって、ブレ-キがかかる、かからんと言う事はかなり大事な問題。そういう事があろうかと思うわけであります。
 

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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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