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正法眼蔵 行持(下) 59

天童如浄禅師に関連して道元禅師の話は続きます。

亡き師匠である天童如浄禅師が略式の説法をして常々言うには、「自分は19才の時から様々な地方に行って寺院を訪ね仏道の修行をしたけれども、人を訓育するに足る師匠はいなかった。そして19才で仏道に入った時以来、一日一夜と言えども坐禅のための蒲団を使わなかった日夜とてはない。

自分はまだ寺院の住職にならないとき以来、村里の人々とあまり話を交わす事をしなかった。なぜ話をしなかったかと言うと、時間の経つのが惜しかったからである。そしてたまたま寺院に滞在して仏道修行をている時でも、庵の中とか学寮の建物の中に入り、それを観察するという事がなかった。まして山歩きや川遊びなどはしなかった。

そして坐禅堂や寺院の中でも誰でもが通れるような場所で坐禅するほか、ある場合には高い建物の上にあがったり、あるいは人のいないような場所を求めて、たった一人で行って静かな都合のいい場所で坐禅をした。そして常に袖の中に坐禅の蒲団を入れていて、ある場合には岩の下という戸外でも坐禅した。

そして常に念願としていたところは、硬い岩に穴をあけてしまう意気込みで坐禅をした。しりの肉がただれたり傷になったりした時もあったけれども、そういう時にはますます坐禅を一所懸命にやった。自分は今年65才になって、体も年をとって来たし頭もぼけてしまった。坐禅は実践しているが坐禅にどう言う意味があると言う事を頭で理解する事は出来ないけれども、この国の沢山の地方や外国からやって来た仏道修行者を気の毒に思うので、寺院の住職となって、人々を教え諭し沢山の人々のために真実を伝えるのである。

地方には長年の修行者もいるけれども、それらの人々の手中には釈尊の説かれた教えなどないものと考えられるので、この様に法堂に上がって略式の説法をするのである」と。

なお天童如浄師禅師は、地方から集って来る修行僧たちが挨拶のために差し出す土産物を受け取ることはしなかった。


         
           ―西嶋先生にある人が質問した―       
  
質問
坐禅でしりがただれ、肉が裂けるという事は実際にあるんですか。

先生
道元禅師も中国に行かれる船の中で尻にできものが出来た。たまたま船に医者が乗っていて、医者に見せたら「いや、これはもう命にかかわる」と言われた。そこで道元禅師は、どうせ死ぬんであれば坐禅をやって死んだ方がよかろうと思ってそのまま坐禅をやっていたら、いつの間にか潰れて直ってしまったという事が「正法眼蔵随聞記」の中に載っているんですよ。
    
だからそう言う点からすると、まあ人生なんていうのは中々常識では読みきれないんですよ。「これは大変だ」と思って体を大事に大事にしていても、かえってそれが体を壊す原因になったりと言うふうな、いろんな場面があるわけでね。だから真実と言うものが必要なわけです。真実の立場から判断し、行動をしないと、せっかくの努力が無になってしまうと言う様な事はいくらでもある訳です。
    
そういう点では、しりが痛くてしょうがない場合に「いや、これはちょっと体に差し支えるかもしれないから、少し休みましょう」と言ういき方もあるし、「いや、もうどっちでも同じ様な事だから、まあ頑張ろう」と言う事だってあるし、どっちがいいとも言えないわけです。その場その場によって、正しい判断と言うものはある訳です。仏教と言うのはそういう思想ですよ。だから固定的な原則論があって、こう言う場合には、必ずこうしなければならないと言う様な原則論は仏教にはない。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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