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正法眼蔵 行持(下) 58

天童如浄禅師に関連して道元禅師の話は続きます。

また天童如浄師禅師が言われた。「坐禅をすることの本質は、体とか心とかというものの意識が脱け落ちる事である。香を焚いたり、礼拝をしたり、念仏を唱えたり、懺悔をしたり、経典を読んだりする事は必ずしも必要ではない。ただ坐禅をするならば、最初から真実は得られている」と。

実際のところ、現に大宋国の諸地方には、自分は坐禅の修行をしていると標榜して、釈尊や達磨大師の遠い弟子と言っている人間が100人や200人ではない。稲葦や麻や竹などの植物の数と同じ様にほとんど無数に存在する様子ではあるけれども、坐禅を坐禅としてやりなさいと勧める人というものがほとんど聞かれない。四つの海五つの湖を擁している中国全土において、自分の亡き師匠である天童如浄禅師だけが坐禅を坐禅として実際にやる事を勧められた。

そして地方にいた沢山の師匠たちも天童如浄師の事を誉めたが、天童如浄禅師は地方にいた沢山の師匠たちを決し誉めなかった。天童如浄禅師と言う優れた師匠が中国にがおられるにもかかわらず、天童如浄師の事をまったく知らない大寺院の住職もいた。これらの人々はせっかく文化の中心である中国に生まれていながら、鳥や獣と同類であろう。なぜならば、学ぶべき人に学ばず、ただ無駄に時間を過ごしているから。

哀れな事ではないか。天童如浄禅師を知らない人々は、でたらめな話を声を高らかにして論議するという事が、釈尊以来の仏教を勉強する人々のやり方だと誤って考えている。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
悪い事をやって最後まで自分のやった事は正しいと思い込んでいれば、それで結構ということになるのですか・・・。

先生
そう。人間の一生には誰でもそういう見方で通る面があるんです。だからどんな生き方をしても「俺はこれしか生きれなかったんだ」「俺は全精力を尽くして刑務所に20年も30年もいたんだ」と言う人だっているわけです。だからそういう点では、各人の人生が絶対だ、と言う見方があると同時に、客観的な基準から見て「さてどうか」と言う問題がある。その客観的な基準というのを「法」と言います。だから「法」の立場から見てどうか。

政治家のAさんが、涙を流したというような事で「あの人はあの人で一所懸命やったんだから」と言う見方が確かに出来ます。はたから軽率に非難や批評は出来ないわけです。政治家のAさんはAさんでそれなりの一生があり、自信があったし努力があったと言う事、これは認めなければならない。それと同時に客観的な基準に照らしてどうかと言う問題があるわけです。
      
宗教というのは、この客観的な基準を求めるわけです。客観的基準なしに「ワァ-、俺はやるだけやった、もうおしまい」と言う様な事、これも一つの生き方だけれども、長い目で見て果たして悔いがなかったかどうかという考え方も必要だと言うのが宗教の生まれてくる根源です。「俺はもう一所懸命やったんだからいいんだ」と言ってみても、もういよいよあと余命いくばくもないという時期に来て後悔しないかどうかという事もある。だから宗教というものを考え、仏道と言うものを考えるのは、そういう基準に照らして、はたしてイザとなった時に後悔が残らないかどうかと言う問題も含めて、宗教があり仏道があると、こう言う事が言えると思います。

質問
その「客観的基準」というのが難しいですね。それこそ坐禅をしなきゃ-・・・。

先生
そう、そう、そういうことです。「客観的基準」はいくら本を読んでも書いてない。普通は客観的な基準が本に書いてあると思う。だから本屋に行って、いろんな本を買って来て一所懸命読むわけです。しかし、そういう本には書いてない事が、客観的な基準としてあるわけです。それが仏教の主張です。だから坐禅をやる事で本には書いてない客観的な基準を身につける。こういう事になるわけです。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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