トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

正法眼蔵 行持(下) 49

洪州にある江西の開元寺におられた馬祖道一禅師は漢州十万県の出身であった。

馬祖道一禅師は南嶽懐譲禅師に従って仏道を勉強した年限が10年余りに及んだ。ある時、故郷に帰リたいと言う気持ちを起こして旅支度をして出発した。ところが、旅の途中で故郷に帰っても時間の無駄だと感じ、故郷に帰るのをやめて寺に戻って来た。そして南嶽懐譲禅師の前で香を焚き礼拝を行った。

その時、南嶽懐譲禅師は馬祖道一禅師に偈(詩)を与えた。「お前に勧告したい。故郷には帰らない方がいい。故郷に帰ったならば、すっかり昔の気分になって仏道修行は難しいだろう。隣家の老婆が”ああ、隣の坊やが帰ってきた”と言って、子供の時の名前を呼んでお前を子ども扱いするだろう」と。

この様な教えを南嶽懐譲禅師から頂いた馬祖道一禅師が誓って言う「自分は仏道修行に明け暮れる事を決心して、自分の郷里である漢州に二度と旅装を整えて出かけません」と。この様に誓いを立てて、故郷の漢州に向かっては一度も旅立つ事はなかった。

そして江西の地方に長いこと居住して、東西南北のどこからでも沢山の人々が教えを求めてやって来る様な力量の人物に自分自身を育て上げた。弟子を教えるに当たっては即心是仏(坐禅をしている現在の心がすなわち仏である)という言葉を常に教えて、弟子を訓育しその他の言葉で弟子を教えるという事はなかった。馬祖道一禅師は南嶽懐譲禅師の正統な後継者であり、命の様に大切な人となった。



              ―西嶋先生の話―
    --つづき

なぜ西洋で感情的であることが人間的かというふうに考えられるようになったかという事を考えてみますと、中世と近代との時代の違いの中に原因があろうかと思います。
                  
               ――中略――

喜怒哀楽の問題に関連して、梅原猛さんは道元禅師の生涯の中には笑いと怒りと涙があまり見受けられないと言っておられるわけであります。この笑い、怒り、涙を並べた場合に、この並べ方が仏教思想からみて適当かどうかと言う問題が一つあろうかと思います。それはなぜかと言うと、仏教ではこの三つのものを同列においていないという事。笑うとか泣くとかという事は仏教では別にどうこう言っておりませんが「腹を立てる」という事についてはかなり批判的であるわけであります。

なぜ批判的かと言うと、仏教には三毒と言う思想がある。そしてこの三毒というのは貪(どん)むさぼる・瞋(じん)腹を立てる・痴(ち)愚かであるという事であります。怒りと瞋は同じ意味。仏教思想の立場からみるならば、笑いと涙と同列には扱えないと言う問題がある訳であります。「正法眼蔵」の中には、道元禅師が笑われたり泣いたと言う例が、すぐに一つ、二つは出て来る訳であります。例えば仏性、袈裟功徳、諸法実相の巻には、笑ったり泣いたりした例が出て来ます。

それから最後に梅原猛さんは道元禅師の事を「非人間の偉大さ』と言う表現を使っています。ただ、非人間の偉大さと言う事が果たしてありうるかどうか。非人間的なものには偉大さと言うものは決してない、これが仏教思想だと思います。よく仏道修行をして人間離れする事が仏道修行の目的の様に錯覚している向きもありますけれども、第三者的に傍から仏道修行というものを見ておれば、そういう想像も出来るかもしれないけれども、仏道修行と言うのは人間になる修行。

だから非人間なものに偉大さというのは決してない。非人間なものに偉大さを認めると言うのは仏教思想にはありえない。だからそういう点で、道元禅師の偉大さは「非人間の偉大さ」だと言うふうな見方については、やや考え直さなければならない問題が含まれているのではないかと、そういうふうな事を梅原さんの本を読んでいて感じたわけであります。


いつも読んで下さってありがとうございます。 よかったらクリックお願いします。


関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

最近の記事

最近のコメント

リンク

カテゴリ

フリーエリア

坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

FC2カウンタ-