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正法眼蔵 行持(下) 42

芙蓉山の道楷禅師は、まさしく清い行いと戒律の保持とが実現した事例の本源である。

道楷禅師は国王から定照禅師と言う称号と紫の衣服を賜ったが、これをお受けにならず書面をしたためて丁寧にご辞退された。国王からは咎めの措置があったけれども、道楷禅師は最後までそれを受けようとされなかった。道楷禅師の教団では、重湯をすすりながら仏道修行をしたと言う生活の様子が伝えられている。

道楷禅師は芙蓉山に粗末な庵を造って仏道修行をしていたが、在家人、出家人、様々の人がその周囲に集まって来て、その数は数百人に及んだけれども、一日の食事がお粥一杯であったため、多くの人々は引き下がって行った。また道楷禅師は自ら誓いを立て後援者の招きに応じて正式な食事をとることをしなかった。

ある時道楷禅師は沢山の人々に示す言葉として次の様な事を言われた。

元来、出家とは世間における努力や苦労を嫌い生き死にの問題から脱け出すことを願うところから、心で様々の問題を考え、様々の思いを巡らす事をやめて、煩わしい様々の環境から縁を切っている。そのようなところから家庭生活を離れた人と言う意味で出家と呼ばれている。

したがって決して役に立たないような利益や供養というものを得て、それによって自分の日常生活をすっかりその中に埋没させてしまってよかろうか。寸時も余裕を与えずに、心を大切にするとか物を大切にするという二つの極端な考え方から脱け出して、さらに
二つの極端な考え方の中間の考え方(仏道)にもこだわらないという事である。

そして目や耳と言う視覚や聴覚を通して捉え得る外界の事物に対しては、ちょうど石の上に花を植えるような淡々とした態度で臨み、感覚的なものに執着しない事である。また名誉や利得に出合った場合にも、目の中に何の役にも立たない塵くずが溜まった程度に考えるべきである。


     
          ―西嶋先生にある人が質問した―
 
質問
「大法輪」と言う雑誌の今週号を見たら、死後の世界の特集がありました。因果報酬、輪廻、縁起とか、そういうものを断ち切るためには仏にならなければいけないと・・・。 そしたらお釈迦様はそういう余計な事を考えるなと言って、死後の世界を教えるのは好まなかったと書いてありましたが、よくわからなくなりました。

先生
輪廻転生と言う思想は、仏教が生まれる以前にインドで非常に盛んだった教えです。つまり「人間は死んでも次の生涯があるんだ」とそう言う考え方が古代インドでは非常に盛んだったわけです。釈尊はその考え方を肯定されなかった。そこに仏教の特徴がある訳です。ただ中国でも日本でも同じインドの思想としていろんな問題を考えたために、また仏教経典の中にもそう言う輪廻転生の考え方が出てきているために、釈尊の説かれた教えとそれ以前の古いインド思想とがかなり混在して我々の時代に伝えられている、こう言う問題がある訳です。

だからそういう点では輪廻転生の思想を仏教は批判された。そういう事が歴史的に言えると思います。それを我々の実感として感じるために坐禅をやる。坐禅をやっている時には何もないわけです。輪廻転生なんて言う事は出て来ない。いくら思おうと思っても、そんな事はとうてい信じられないと言う形でしか、坐禅の境地と言うものは出て来ない。
    
釈尊が坐禅に頼られたという事は、そういう頭の中で人間が考え出した思想を払い落とすために坐禅をやられた事でもある訳です。ですから仏教の基本思想と言うのは、輪廻転生思想とは別の思想だと言うふうにはっきり見ていいと思います。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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