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正法眼蔵 行持(下) 34

大医道信禅師について道元禅師が注釈されます。

この様なところから推察するに、中国の第4番目の仏教教団の指導者であった大医道信禅師は自分の体や命をものともせず、国王や大臣と言う権力者に近づくまいとした行いというものは、まさに1000年に一度会えるかどうかと言う存在である。唐の太宗皇帝は正しさを具えた国王である。そのような徳の高い皇帝であるから、大医道信禅師は皇帝と会見する事は決して嫌な筈はないのであるが、先輩の清い行いや戒律の保持は、まさにこのようであったと学ぶべきである。

そしてまた国王である唐の太宗皇帝は、自分の首を差し出して刃をあて、自分の体、自分の命を法のために惜しまなかった大医道信禅師の人柄というものを、さらに慕うと言う態度を示されたのである。この様な大医道信禅師の行いも決して理由なしに行われた事ではなくて、国王や大臣に近づく事をしないと言う消極的な理由よりは、積極的に仏道修行をするための時間がなくなると言う事を惜しんだのである。その様に時間を惜しんで、自分の仏道修行に関する行いを専一にやられたのである。

皇帝に対して書面を三回奉って辞退したという事は、世にも稀な事例である。今日の様に人情が薄くなった時代においては、自分の方から積極的に皇帝にお会いして、その恩恵に与りたいと念願する人も決して少なくはない。大医道信禅師は唐の高宗皇帝治世の651年閏年9月4日、自分の門弟たちに教えを残して言う。

「宇宙おける一切の存在は、いずれも何らかの拘束を受けているというものではなくて、それぞれがそれぞれの自由な立場で現にこの宇宙の中にあるという事が実情である。宇宙における一切の存在が自由にありのままの姿で存在するという事が釈尊の教えであるから、この様な考え方をお前たちはしっかり護持し、この教えを将来に伝えよ」と。

大医道信禅師はこの様な教えを述べられてから、安らかに坐禅をしたまま亡くなられた。その時、年は75才でその亡きがらは本山に塔を建て塔の中に納められた。ところがその翌年の旧暦4月8日に墓所の扉が自然に開いた。その中に祭られていた大医道信禅師の姿、形というものは、まだ生きている人の様であった。そこでその後、門人たちはその塔の扉を開けたままにして大医道信禅師を祭った。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
初歩的な質問なんですが「正法眼蔵」の中に「空」と言う言葉がございますね。「空」というのはどうもよく解らないのですが、一般的に「空」とは仏教ではどういう・・・。

先生
今日、無とか空の説明の仕方は本当にものが無いという意味の説明が多いです。たとえば鈴木大拙さんなどは「東洋的な無」と言っておられる。京都大学の久松真一さんは「何もないこと、それが無だ空だ」と説明をされています。江戸時代の白隠禅師なども、「隻手の音声」と言う事をしきりに言われます。臨済系の坐禅の悟りと、無とか空が非常に関係が深いと言う理解の仕方もされています。

私が「正法眼蔵」を読んだ限りで言うと、「無」とか「空」を何もないという意味に理解したら意味のわからないものになってしまいます。つまり物事を考える場合に、あるいは仏教、仏道を考える場合に、日常生活に即してそれが何であるかと言う事を詰めて考えないと本当の意味で我々の日常生活に生きてこない。そうすると仏教思想の基本には「無」とか「空」というものを乗り越えて現実の世界、日常生活が基準にあるのです。

そういう現実の世界を基準にして「無」とか「空」を考えていくと、無や空は無いという事ではない。見方を少し変えると、そんなものは何でもないという超越した見方も出来るわけです。それが空の立場、無の立場だとそういう理解の仕方をするわけです。それはこだわる必要はないという事「ああ、もうそんなものはどうでもいいんだ」と言う立場もあり得ると。不幸があったり自分が大切にしていた家族を失なったと言う場合、明けても暮れても悲しい悲しいと思いつめる事はいくらでもある。

ただ、何らかの機縁で「そう悲しんでいてもしょうがないな」と言う事に気がつくとフッと気持ちが楽になる。その事は今までの悲しみが「空」であり「無」である事が自覚できた事です。だから「空」とか「無」は、やはり我々の日常生活に引き当てて捉えるべきだと思います。そういう点では、学者先生が言うように「無」と考えるべきだ「空」と考えるべきだと言うふうな事を理屈で押し付けられても、そんな事は我々の日常生活には生きてこないと言う考え方であるわけです。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
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師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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