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正法眼蔵 行持(下) 24

中国における第二代目の仏教教団の指導者である太祖慧可大師は、僧侶も俗人も尊敬したところの徳の高い師匠であり、非常に広い知識に熟達していた人である。そして長い間、伊水と洛水の川の間の土地に住み、数多くの本を広範囲に読破しており、中国においても稀に見る人物とされ、容易にであう事のできない存在とされていた。

※西嶋先生解説
太祖慧可大師に限らず、仏教の信仰に入り仏教を勉強した方の中には、仏教に入る以前は非常な読書家で、非常な学者で、沢山の本を無数に読んでいたという人がい多いわけであります。なぜかというと、そういう形で沢山の本を読み、理論的にこの世の中の仕組みを勉強していった場合に、どうしても文字や理屈では解けないものが出てくる。その文字や理屈で解けないものを仏道に求めたという例が非常に多いわけであります。

本文に戻ります。
その様に太祖慧可大師は、法(釈尊が説かれた宇宙秩序)に対する境地も高く、また人間の徳というものも立派であった。ある時突然一人の仙人が現われ太祖慧可大師に言う。「お前が仏道を勉強して今後さらに成果を得たいと思うならば、どうしてこの辺にうろうろしているのか。偉大な真実が必ずしもそう遠いくない場所にある。お前はこれから南の方に旅をして行くべきである」と。

その翌日、太祖慧可大師は急に頭痛がして、その痛さは針で刺される様であった。そこで太祖慧可大師の師匠である洛陽龍門山の香山宝浄禅師が、その頭の痛さを直してやろうとした時に空の方で声がして言うには、「これは太祖慧可大師の骨を換えようとしているのであって、普通の痛さではない」と。

太祖慧可大師は、前の日に仙人が現れて語った事を師匠に申し上げた。師匠が太祖慧可大師の頭の様子を見ると、ちょうど五つの峰が飛び出したように非常に珍しい形をしていた。

そこで師匠の香山宝浄禅師が言う。「お前の頭の格好はきわめて珍しい、また非常に恵まれた姿をしておる。お前は将来必ず釈尊の教えの真実を得るであろう。その仙人がお前に南の方に行けと言ったのは、まさしくに少林寺に住んでおられる達磨大師を指すのであって、達磨大師こそはお前の師匠となるに違いない」と。



              ―西嶋先生の話―

前にも申し上げたことでありますが、今日仏教思想を考えてみた場合に一番大切なことは、仏教の教えが四諦の教えであるという事ではなかろうかと思うわけであります。四諦の教えも過去、非常に長い期間にわたりまして誤解が行われてきていたわけでありますが、「正法眼蔵」の思想内容を勉強しながら四諦とは何かという事を考えていきますと、人間は一番最初のものの考え方としては、理想を中心にしてものを考える。

で、理想を中心にしてものを考えて一所懸命努力するわけでありますがなかなか理想が実現しない。そうすると今度はやけを起こして、理想なんかはどうでもいい、物さえあれば一番いいんだ」という考え方が、二番目の考え方として出てくる。人間社会というのは、だいたいこの二つの考え方が渦を巻いて構成されているという事が言えようかと思うわけであります。理想を求めて生きている人は人から良く思われたいという気持ちで生活する、それからこの世の中は物だと考えている人は少しぐらい恥をかいてもお金が儲かればいいという考え方で生きている。

こういう二通りの人が、くんずほぐれつ努力して争っているのが人間社会だという事が言えるわけでありますが、釈尊はその二つの考え方は両方とも正しくない、人間が本当の幸福な状態にはなれないという事を主張された。では人間はどういう考え方を持ったら幸福になれるかという事に関連して、理想だけでもよくない、物だけでもよくない、両方のちょうど中間に我々の住んでいる「法の世界」があって、その「法の世界」を基準にして人生を生きていくことによって、人間は幸福になり得るし各人の人生の目的を達することが出来るという教えを説かれた。

そういう理想と物質の中間というのは頭の中で考えても中々出てこない。そこで我々が法とはどういうものかという事を勉強するための一番やさしい目標に近づきやすい方法として足を組み、手を組み、背骨を伸ばしてジ-ッと坐っている修行法を釈尊は選ばれたという事がいえようかと思うわけであります。こういう考え方が仏教だという事がはっきりしてまいりますと、仏教という思想はそう難しい思想ではない。
                      
                        つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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