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正法眼蔵 行持(下) 16

「石門林間録」に出て来る達磨大師の話に関連して、さらに道元禅師の注釈は続きます。

仏教が盛んであった隋の時代、唐の時代、宋の時代においても、坐禅を中心とした釈尊の教えを学ぶ機会がなかった類の人々が多かった。ただ長い期間にわたって釈尊の説かれた正しい智慧を常に増やしてきた素質のあった人々は、必ずしも釈尊の正しい教えに最初から出会うと言う期待で仏道に入ったわけではない。

ある場合には、経典の文字を追い求めると言う砂の数を数えるような無駄な努力を脱脚して達磨大師の遠い弟子になり得た事は、いずれも優れた素質があったからであり、優れた素質の中でも更に優れた素質の人々であり、正しい人が正しい素質を持っていたと言う事から生まれたと言わざるを得ない。

愚かな人々は、長い間にわたって経典とか論議とかと言う単に言葉の上だけの粗末な住まいにとどまって、坐禅を実際にやる事によって釈尊の教えを体を通して、心を通して直接触れる事が出来ない哀れな人々である。

しかしながら、険しい難儀の伴った境域を厭わずといったような気負った態度ではなく、ただ淡々とインドから渡航してこられた達磨大師の奥深いやり方を今日でも依然として仰ぐ事の出来る境遇にありながら、この必ずしも立派でない体というものを惜しんで達磨大師の教えを学ばないならば、結局生きていることが何の役に立つであろうか。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
「日本開闢以来今日までに、俗世間の人々を強化することのできた人はいない」と道元禅師は決めつけるような表現をなさっていますが、日本仏教の開祖は聖徳太子と言われていますし、弘法大師は48文字のひらがなをつくったという言い伝えもありますし、比叡山の開基である伝教大師は「法華経」を中国から導入されたという功績があるんですが、それらの事を考えますと道元禅師の表現はすごくどぎつく私には感ずるんですが、先生はいかがでしょうか。

先生 
道元禅師はこういうふうにほんとに考えておられたと思いますね。という事は、平安時代の仏教は仏道ではないという主張なんです、道元禅師のお考えでは。だから確かに伝教大師も中国から仏教をもたらされたし、それから弘法大師も中国から仏教を持ってこられたけれども、坐禅のないところには仏道はないという主張が道元禅師には非常に強くあったわけです。 

ですから道元禅師は、ここにはっきり書かれておられませんけれども、仏道を日本に持って来たのは自分だという自覚があったわけです。自分が仏道を中国から持ってくるまでは日本には仏道というものはなかったんだという事を非常に強く意識しておられたと思います。だからこういうふうな表現も出てくるわけです。

質問
現在日本の仏教界が、1口に13宗56派と言われているような宗派、教派が多いというのは、どういうわけなんでございましょうか。

先生
それは一口にいうと坐禅が好かれてないってことですよ。本を読むのは楽なんですよ。お経を読むのはそう難しくないんですよ。ただ「坐禅をやれ」と言われたときに、まあおとなしくやる人もいるけれども、「いやあ、まあそのうちやります」という場合が大体ですよ。専門僧侶の中でもそういう傾向がありますからね。そうすると、坐禅なしに仏教を勉強しようとする傾向の方が強いから、どうしても現状の様になってしまったという事があると思いますね。

しかし今日は「正法眼蔵」が読める様になって来たから、「正法眼蔵」が読める様になって、なぜ坐禅をしなきゃならないかと言う事が理論的に読める様になってくれば、なるほど、坐禅をしなきゃ始まらないと言う事がわかって来るわけです。
         

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コメント
616: by sukunahikona on 2017/09/27 at 22:01:00

こんにちは
達磨というとタミル人ですね
それほど優れた仏僧を輩出した地でなぜ仏教は跡形もなく消え去ってしまったのでしょう?

617:Re: タイトルなし by 幽村芳春 on 2017/09/28 at 11:33:25

sukunahikonaさんコメントありがとうございます。

ご質問の件について、私はインドの歴史についてそれほど知識がないのでどうお答えしていいのかよくわかりません。たぶん政治的なことなどいろいろあり、今インドでは仏教徒はほんの少しでヒンズ-教徒がほとんどだと聞いています。西嶋先生がご存命ならば直接お聞きすることができるのですが、今はそれがかないません。

インドで仏教が盛んな頃に達磨大師がインドから中国に坐禅という仏教の正法を伝えてくださり、そして道元禅師が中国から日本に坐禅という正法を持ち帰り、今釈尊の正法である坐禅が出来るという事に私はただただ感謝しています。釈尊の教えが2500年も経った今でも正しく伝わっているという事は「仏道とは足を組み、手を組み、背骨を伸ばして坐ること」という行いの形で釈尊が残してくれたからこそだと思ています。もしも経典や儀礼などで釈尊の教えを正しく伝えようとしても長い歴史の中で色々と変遷・分派してしまい、決して釈尊の真の教えである正法を伝えることは出来なかったと思います。まだまだ先になりますが、正法眼蔵「祖師西来意」の巻に達磨大師について道元禅師が詳しく書いています。これからもよろしくお願いします。

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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