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正法眼蔵 行持(下) 15

「石門林間録」に出て来る達磨大師の話に関連して、さらに道元禅師の注釈は続きます。

達磨大師がインドから坐禅を中心とした仏道を中国に持って来たにも関わらず、それ以降においても、経典や論議に頼って仏道を理解するという事だけをして、正しい釈尊の教えを勉強しない僧侶が多い。これらの僧侶は経典や論議の本を開いて読んではいるが、元来経典とか論議は仏道における坐禅の説明に他ならないのであるから、実際に坐禅を実行していない場合には、経典の意味や論議の意味が分からないというのが実情である。

この様にせっかく達磨大師が中国に来ているのに、その教えを学ぶ事が出来なかったという誤った行いは、現在における行いの影響だけではなしに、長い年月にわたって誤った行いしかしてこなかった事の影響である。

せっかく人間に生まれていながら、この一生の間ではついに釈尊の教えの本当の中心を聞く事がなく、釈尊の正しい教えに出会う事がなく、釈尊と直接お目にかかるという経験をする事もなく、釈尊が持っておられたと同じ様な心と言うものを自分の心として使う事をせず、過去における真実を得られた方々のやり方を学ぶ事がなかったという事は、非常に悲しい一生だと言う事が出来るであろう。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
先生、無間地獄というのは具体的なものはないんですね。ただそういう苦しみを受けるという事で――。よく絵にありますね。

先生
そうですね。これはね、過去の仏教徒はそういうものがあるという風に信じていた時代もあったという事は言えると思います。ただ、今日の様に自然科学が発達してきた場合に、自然科学と相矛盾するような教えというものは当然修正しなきゃならんと、こういう問題があります。

ですから、昔の人は無間地獄というものがあって、悪い事をしているとそこに落ちていくと信じていた時代もあるわけですけれども、現代人がこの問題についてどう考えるかというならば、悪いことをしたならば、いつまでも続く苦しみの中にずっと居続けなきゃならんと、そういう考え方だというふうに理解していいと思います。

質問
いろいろな説話が出てきて、たとえば真実を求めるために五百のコウモリが焼けたとか、帝釈天が貧乏な爺さんになって訪れた時に、タヌキやキツネは山の実を拾ってきて供養したという話などは「報受業」に属するわけですか。

先生
うん。それでねやっぱり信ずるという事が仏道の世界でもかなり大事なことなんですよね。で、信ずるという事の内容は何かと言うと、やっぱり坐禅をすることですよ。仏道を信ずると言ってみても仏道の教説を信ずるという事よりは、釈尊が何を説かれたかという事を勉強して、釈尊がお説きになった事は「坐禅をせい」という事をお説きになったんだから、自分で坐禅をやりましょうというのが釈尊の教えを信ずる唯一最大の事実ですよ。

だからそれ以外にいろいろな仏教教説というものはありますし、これは勉強すればなかなか楽しいことだし大いに意味のある事でもありますけれども、釈尊の教えの中心は何かと言えば自分自身が坐禅をやるという事に尽きると思います。「正法眼蔵」には、そのことが書いてあるんです。そのことが書いてあるという事は、一般の人が読むとどうもありがたくないわけですよ。

何か素晴らしい本があってその本さえ読めば釈尊の教えは全部わかる、という事だと大変ありがたいわけです。とにかくその本を読んで、まあ釈尊の教えを勉強しましょうというふうに感ずるわけだけれども、「坐禅をやりなさい」というふうに初めから終わりまで言われると、大変ありがたくないんですよ、人によっては。

「正法眼蔵」がなぜ価値があるかと言うならば、初めから終わりまで坐禅せよ、坐禅することが仏道を信ずることだし、仏教徒になることだし、日常生活を規律することだし、仏になることだと、そういう主張が繰り返し繰り返し述べてあるのが「正法眼蔵」という本の内容だと、こういうふうに見ていいと思います。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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