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正法眼蔵 行持(下) 14

「石門林間録」に出て来る達磨大師の話に関連して、さらに道元禅師の注釈は続きます。

彼らはインドに行って何の得るところがあろうか。ただ山や河を旅する事によって様々な苦労をするだけである。そして達磨大師が中国に来られた事の基本的な意味を学ばず、達磨大師によって釈尊の教えが中国に到来したという事を十分に理解しないために、無駄にインドに行って道に迷っているという事を繰り返したに他ならない。

この様に達磨大師が中国に来られて以降もインドに仏道を求めていった人々は、釈尊の教えを求めるという表面上の形容はできたにしても、本当に釈尊の教えを知りたい、真実を得たいと言う気持ちがないところから、せっかくインドへ行っても正しい師匠に会う事ができず、無駄に論議を中心にした師匠や経典を中心とした師匠だけに会った。

なぜそのように言うかというと、正しい師匠というものはインドにも当時もまだいることはいたのであるけれども、本当の釈尊の教えというものを求める正しい気持ちがなかったために、釈尊の正しい教えというものがそのインドに行った僧侶たちの手に入らなかったに他ならない。これらの人々がインドに行って正しい師匠に出会ったという事を言う人はまだ聞いたためしがない。

もし仮に彼らが正しい師匠にインドで出会っているならば、どのような師匠に出会ったという事を彼らが言った事であろう。しかしながら、どういう師匠に出会ったという事を彼らが言わないところを見ると、彼らはインドに行っても正しい師匠に出会うという事はなかったのであろう。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
坐禅をやっても、人間にはやはり外向的に動きの激しい人と、内向的にいく人とできると思いますけど・・・。

先生
その点ではね、坐禅をやると外向的な人は内向的に少しずつ変わるんです。内向的な人は外向的な方向に少しずつ変わるんですよ。だから坐禅をやると人間は真ん中に寄っていくんです。外向的な人は内向的な傾向の方に傾いていくし、内向的な人は外向的な方向に傾いていくというのが事実だというふうに見ていいです。

質問
そうすると一つの尺度として、楽天主義で当たって砕けろなんていう事をやっているうちにだんだん当たって砕けろではなくて、君子危うきに近寄らずなんていう譬の方になっていくという事はやっぱり前進ですか。

先生
そういう状況が現実です。そういうことの繰り返しが人生だと思います。

質問
しかし坐禅をやる前に、外交的であるとか内向的であるとかというのは、その人の生まれつきだから、これはしょうがないことだと思うんですが、どうですか。

先生
いや、それはやっぱり原因・結果の関係で出来上がっているんですよ。生まれつき内向的な性格の人とか外向的な性格の人とかというものがあるわけじゃなくて、家庭環境だとか両親の影響だとか社会活動の結果、内向的になったり外交的になったりするわけですよ。

だから片方に片寄っておれば、それを直して真ん中にしていかなければならんわけだけれども、心がけや努力では絶対に直らんと言うほど人間は弱いんです。だから坐禅をするんですよ。なぜ坐禅をするかと言えば人間が弱いからですよ。自分の意思で努力して何もできないんですよ。

こういう風に言い切ってしまうと、「いやあ、俺はそんなに弱くはない。俺は努力次第でもっとできるはずだ」と思う人はいくらもいると思いますけれども、長い目で自分の人生を振り返ってみると「なるほど、人間というのは弱いもんだなあ」という事を感じざるを得ない。その弱い人間を励まして、多少なりともまともにするためには、坐禅をするしかないぞと言うのが釈尊の教えです。

※私の独り言。 
毎日朝晩坐禅をしているおかげで、多少なりともまともな毎日が送れているのだと思う。坐禅がなかったら今頃どうなっていたか・・・。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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