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正法眼蔵 行持(下) 2

達磨大師が中国に来られた時の説話は続きます。

我々の生きている環境の全てが国王の宮殿の様に素晴らしい世界だと言う事実から考えるならば、達磨大師が3年の歳月を費やして中国に行かれた事も決して不思議ではない。そしてまたこの世界には様々な国があるけれども、様々な国のどこの宮殿が仏道の道場になり得ないと言う事があろうか。

この様な事情から達磨大師はインドから中国に渡られた。そしてただただまだ真実を知らない人々を救済しようという自分自身の意思をしっかり持っておられたから、どんな事態に出会っても、驚いたり、疑いを持ったり、恐れ足りという事がなかったのである。この宇宙全体が迷った人々を救いたいという念願に燃えた世界であるから、驚いたり、疑いを持ったりすることがなく、恐れるという事もなかった

達磨大師は香至国の第三王子だったと伝えられているが、永久にもう自分の国には帰らないと決心をして父親の国土である香至国を離れ、大きな船を準備して、南の海を経て中国の港である広州に到着した。その船に乗り込んだ人々も多かったであろうし、達磨大師の身の回りの世話をする僧侶の数も多かったであろうけれども、時の記録係がその事は記録に残さなかったようである。

達磨大師が中国の港について以降、その達磨大師の港に着かれたことを承知した人がいなかった。その時というのは簗の国の普通年間の8年9月21日(西暦527年)の事であった。たまたま広州の地方長官であったところの粛昴という人が達磨大師が到着された事を知って、重要な主賓に対するやり方で達磨大師をお迎えし皇帝である武帝に書面で報告した。

これは粛昴が行った極めて大切な仕事であって、粛昴が極めて厳格な人であり、皇帝に対する忠節な人であったからこの様な事が行われたのである。この報告を受けた梁の武帝は、すぐさまその報告の書面を見て非常に喜んで、使者に対して皇帝からの書面を持たせて、達磨大師にぜひ国王のところに来てほしいと招招待申し上げた。その使者が着いたのがその年の10月1日であった。


               
          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
思考と感覚との問題で例えば、ものに感動すると言うのはどういうふうに解釈されるんですか。例えば絵を見て感動するとか、音楽を聴いて感動するとか。それにのめり込むのもいけないわけですか。

先生
いや、いけないという事ではなしに、結局坐禅と言う中心がしっかりしておればいいんですよ。思考と感覚が発達してきて、坐禅と言う中心があって感動すると言う事が人間の本当の感動の仕方なわけです。ところが坐禅という中心がないと感動に主体性がない。そうすると感動に引きずり回されるというふうな事もある。

そういう点では、ものを考えるにしても、ものを感じるにしても、自分自身というものがしっかり確立されていないと、人間らしい生活ができなくなる。だから歌手に熱中して「キャ-」なんていって大騒ぎしているけれども、あれも決して悪い事ではないけれども、ああいう事で一生過ごしたんでは人間としては困るわけでね。50才になっても60才になっても「キャ-ッ」なんて言ってたんじゃ、これは人間としては、ちょっと成長が遅いという事になるわけですね。だから自分というものをしっかり把握するという事が、人生の過程ではかなり大切だと言う事ですね。

質問
前のところなんですが、雪峰禅師が師匠をあちこち探して求めたという事は、非常に迷っていたという事ですか。

先生
それはそうですよ。仏道修行と言うのはやっぱり迷いに迷うもんですよ。迷う事がなければ目的地に着かんという事、これはありますね。「いや、俺はもう達観しているから迷わないんだ」と言う事は決してないんでね。迷う人の方が素質がある。「私はもう達観してしまったから、そういう仏道なんてアホらしい事は全然関係ありません」と言う場合には、仏道と言うのは一生わからないで終わるわけです。ところが「これでいいのかなあ、これでいいのかなあ」と言って、一所懸命やっているうちにだんだん見えてくるわけですね。だからそういう点では、迷う人の方が真実に到達する素質があるという事は言えると思います。

質問
ここに紹介されている方々は迷ってほうぼう師匠を訪ねて歩いておられますね。こういう必要はもはや先生の場合は卒業しておられるんでしょうか。

先生
その点では、まあ、あんまり口はばったい言い方になるからねえ(笑)、まああんまりはっきり言わない方がいいのかも知らんけれども、あの人の教えを聞いてみたいという人は、今生きておられる方では、まあなかなか見つけにくいという事はありますね。

こういうことを言うと、たいへん不遜のように聞こえるし、またたいへん不遜なことではあるけれどね。だから仏道以外の事でいろんな人の知識を得たいというふうなことはあるとしても、仏道に関しては、あの人の意見を聞いてみよう、この人の意見を聞いてみようという希望はだんだん減って来たね。――というふうなことです。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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