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正法眼蔵 恁麼 14

摩訶伽葉尊者から数えて第三十三番目の仏教教団の指導者である大鑑慧能禅師が、まだ出家をして頭を剃る以前の時代に広州の法性寺と言う寺に宿をとった時の話である。

二人の僧侶がいてお互いに議論をしていた。その内容は旗が風に吹かれて動いているけれども、その動いているという事は「旗が動くのか」「風が動くのか」という事に関連して議論をしていた。

一人の僧が言う:旗が動くのである。

また一人の僧が言う:風が動くのである。

この様に休む間もなくお互いに論争を繰り返していた、その時

大鑑慧能禅師言う:風が動くのでもない、旗が動くのでもない、お前方の心が動くのだ。

その議論をしていた二人の僧侶は、この大鑑慧能禅師の「お前方の心が動くのだ」という説明を聞いて、早速その正しさを信じた。


    
          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
釈尊が亡くなる時に遺言として、絶えず努力せよと言われましたが、その努力の目標と言うのは何だったんですか。

先生
努力そのものですよ。

質問
と言う事は、釈尊の場合は説法ですか。

先生
と言うよりも、もっと本源的には一所懸命生きると言う事ですよ。

質問
八十歳まで生きたんですから、健康のバランスも考えられその仕事に生涯を懸けたという事ですか。

先生
そういう事も言えますね。だから、釈尊のつかまれた真実を人に伝えるという事、それを一所懸命にやられたという事も言えると同時に、ご飯も食べなきゃならん、手洗いにも行かなきゃならんという事も一所懸命にやられたという事でもある訳であります。

質問
つまり健康生活を送るためにという事ですか。

先生
だから、生きると言う事が働く事であるし、働くと言う事が生きるという事でもあると、そういう関係にあると思います。

質問
いい事と悪い事、それとは離れてですね。その点は同じなんですか。

先生
だからその点では、悪い事と言うのは生きる事の道から外れる訳ですよ。だからそういう生き方ではなしに、極めて普通の生き方をするという事でもある訳です。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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