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正法眼蔵 坐禅箴 1

「坐禅箴」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。

この「坐禅箴」の箴というのは、竹の針という意味でありまして、古代の中国においては病気を治す一つの方法として、竹の針を体にさして直すというやり方があった様であります。今日でも鍼灸という治療法がありまして、それは今日では白金の針を使っておるようでありますが、白金の針、あるいは金の針がなかった時代には、竹の針で治療したという時代もあった様であります。この竹かんむりのついた「箴」という字は、その時に使った竹の針という意味であります。

したがって竹の針が人間の体の悪いところを直すように、我々が常に頭において間違っておるところを直していく、というふうなことに使うものを「箴」と呼ぶようになり、この「坐禅箴」というのは、坐禅について我々が知っておかなければならない事、という意味で書かれたわけであります。だからこの「坐禅箴」の中で、道元禅師は坐禅に関連してこういう点は注意しなければならない、ああいう点は注意しなければならないという坐禅に関する様々の注意点を書かれたとみることができるわけであります。

「坐禅箴」の巻、本文に入ります。
薬山惟厳禅師が坐禅をしておられた際にある僧問う:少しも動かないでジ-ッと坐りながら一体どういうことを考えれおられるのですか。禅師言う:例の考えないと言う境地を考えている。僧問う:その考えないと言う境地は、一体どのようにして考えるのでしょうか。禅師言う:それは考えることとは別の事柄である。



              ―西嶋先生の話―

仏教の基本的な言葉の一つ「中道」について説明してみたいと思います。釈尊が生きていた時代や釈尊が亡くなってから約百年ぐらいの間は、釈尊の直接の教えがいきていた時代であります。その時代の教えを原始仏教と言う訳であり、その中の考え方の一つが「中道」と言う教えであります。なぜ釈尊が「中道」と言う教えを説かれたかと言うと、釈尊が出られる以前にインドには非常に有力な宗教があった訳であります。

釈尊がお生まれになったのは、紀元前463年と言われています。それよりも何百年も前、つまり紀元前1200年から1000年くらいの間にインドには「バラモン教」と呼ばれる教えが出来上がった訳であります。このバラモン教は今日のキリスト教と同じ様に、神というものの存在を信じてその神に供物を捧げた。また神と一体になる事によって永遠の幸福が得られると言う考え方であった訳です。当時の民衆は熱心にその教えを崇拝し、神に供物を捧げ礼拝をやっていた訳であります。

しかし釈尊はそういう考え方が果たして人間を幸福にするかどうか、と疑問を持たれたわけであります。バラモンの考え方は、あまりにも人間の心とか魂と言うものに重点を置く結果、我々が生きている現実の世界から外れたところでものを考えがちである。我々が生きている世界と外れたところでものを考える限り、なかなか我々の人生そのものに適合した生き方が出来ない。そういう点で、釈尊はバラモンの教えは果たして人間を幸福にするかどうかと疑問を持たれた訳であります。
                    つづく--


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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