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正法眼蔵 神通 7

潙山霊祐禅師と二人の弟子との問答について道元禅師の注釈は続きます。

ここで、潙山霊祐禅師が「狭い小さい考え方で生きている人々と同じではない」と言われているのであるから、小乗的な考え方や十聖三賢と表現される菩薩の修行の過程とも同じではないと言う事を知るべきである。小乗の人々や十聖三賢という菩薩の人々は、小神通(小さな規模の神秘的な働き)を勉強し小神通を得たにすぎない。

しかしながら、仏祖(仏教界における真実を得られた方々)の行いというものは、仏の神秘的な働きであり、仏からさらに一段と向上した境地における神秘的な働きである。この様な仏としての神秘的な働きを一所懸命に勉強しようとしている人々は、悪魔や仏教を信じない人々に惑わされてはならないのである。

このような仏の神通と言うものは、経典だけを一所懸命勉強している師匠や論議だけを一所懸命勉強している師匠達がとうてい聞いた事のないところのものであり、仮にそれらを聞いたとしても、それを自分のものとして信じて受け入れるという事が難しいのである。 

※西嶋先生解説   
この潙山霊祐禅師と仰山慧寂禅師との間で行われたように、「夢の判断をしてみろ」と言われたところが、慧寂禅師が金盥に水を入れて手拭いを持って師匠のところへ来た、という行いというものが仏道における本当の意味での仏の行動だ、という事を仮に聞いたとしても、それは真実であるというふうにはなかなか信じがたいのである。

本文に戻ります。
その点では、二乗(仏教における声聞・縁覚と言う種類の人々)・外道(仏教を信じない人々)・経師・論師等(経典や論議を中心にして仏教を説こうとする人々)は、小神通を一所懸命勉強するけれども、大神通(大きな規模の神秘的な働き)を勉強しようとしない。しかしながら諸仏は大神通を実際に保持しその中に我が身を置いているのである。そして諸仏は大神通を代々伝えて来られた。これが仏の「神通」と言われるものである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
私は坐禅を毎日やりだして、まだ2ヶ月位なんです。ところが40何日目位でしたか、本当に肉体も変わって来る事がわかりました。足の膝から脂肪の塊があって触るとすごく痛いわけですね、それがなくなりました。心が落ち着いて生活がすごく安定して来た事は実感として味わってたんですけど、そう言うふうに肉体も変わったと言うんでビックリしているところなんです。そういう事は先生はご体験ございますか。

先生
これはもう当然あります。だから坐禅をしていると痩せている人は少し太ってくる。そして太っている人は痩せていくんですよ。健康のバロメ-タ-として身長からいくつか数字を引いて、いくら位の体重が普通の体重だと言う計算の仕方がありますよね、あれはまさに正しいんでね。いわゆる中肉中背になった時が人間は健康なんですよ。そりゃもちろん年齢によっての差はありますけどね。だからあんまり太っている場合でも、それは痩せる方向に行くし、それから痩せ過ぎている場合には肉がついていくし、そういう事は明らかにあります。

「いや、そんなうまい話があるもんか」と大抵の人は思うんだけどね。そんな坐禅だけで健康が維持出来るんだったら、医者や薬屋さんがあるはずがないと、こういう事になるわけですけどね。坐禅と言うのは、どうもそういう性格がはっきりありますね。

※私の独り言。
私は坐禅を始めた17年前から体重はほとんど変わりません。いわゆる中肉中背。毎日坐禅をやり規則正しい生活をしているからかな・・・。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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仏向上事の巻に入りました。 仏(真実を得た人)とは、真実を得た後もさらにその事を意識せず日々向上の努力を続けている生きた人間の事である。そしてこのように真実を得た後も日々向上に努力して行く人のことを仏向上人と言い、その様な努力の事態を仏向上ノ事と言う。道元禅師が諸先輩の言葉を引用しながら説かれます。

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