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正法眼蔵 神通 5

潙山霊祐禅師と二人の弟子との問答について道元禅師が注釈されます。

仏教徒の間における神通(神秘的な働き)というものを知ろうと思うならば、潙山霊祐禅師の言葉を勉強してみる必要がある。潙山霊祐禅師の説かれる神秘的な働きというものは、狭い考え方で生きている人々がやる事とは比べものにはならないところであるから、これを勉強する人は釈尊の教えを勉強している人という事が言えるし、これを勉強しない人は釈尊の教えを勉強しない人と言う事ができるであろう。

潙山霊祐禅師の説かれるところは、釈尊以来、代々の祖師方によって正しく伝承されて来た神秘的な働きであり智慧である。

昔インドで仏教を信じない人々が様々な不思議な奇術に類する行いをしてみせたが、この様な人々の神秘的な働きと言われるものを学んではならない。外界の事物を感覚器官を通じて受け入れることを主にして仏教を勉強する人々の神秘的な働きといわれるものを学んではならない。理論だけで仏教を勉強し、仏教論議にふける人々の神秘的な働きと言われるものを学んではならい。

そしていまこの潙山霊祐禅師が行われたところの神秘的な働きを勉強してみると、確かに優れたものではあるけれども、さらにもう一段上の段階からこの問題を考えてみる事ができる。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
前に先生が、外人に「身心一如」とか「物心一如」ということを言うと、非常に驚くし、また喜ぶという事をおっしゃったんですね。外人というのは大体キリスト教のあれを身に受けて、キリスト教ではあくまで魂は不滅というふうに、こう身に沁み込んでおるはずなのに”喜ぶ”ってとこまでいきますかね。

先生
いや、それはどういうことかといいますと、小さい時から魂の事を教えられるわけですけど、日常生活で、五つになり、十になり、十五になり、二十になっていく過程で、我々の人生、生きておる世界というのは、心だけではない、魂だけではないという事をいやというほど知らされるわけですよ。一方、子供のときからキリスト教信仰を教えられておるから、神様の教えに背きたくないという非常に強い気持ちがあるわけですよ。

そうすると、神様に背きたくないけれども、日常生活では、どうも魂だけではないという事は彼らが一様に持っている悩みですね。だから、「体と魂とは別のものではない」という風なことを聞きますと、非常に救われたような感じをその瞬間に持つんだと思います。

質問
キリス教に対しての、まあ反逆児が出てくるわけですね。

先生
そうですね、それはあります。つまり、キリスト教ではなかなか納得できない人たちが、東洋に何か他の思想はないかという事で来ておるという事、これは非常にはっきりと言えますね。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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