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正法眼蔵 仏教 5

「ある人の言葉」について道元禅師が注釈されます。

この主張はまだ、釈尊の説かれた教えの実際の行動と言うものになっていない。行動の世界において生き生きと動き回るという境地にかけている。体全体に示されたところの威厳のある姿というものがまだ伴っていない。この様な事を言う人々が仮に数百年、数千年前に仏教界に現れれて、自分たちこそ仏教界の先輩であると主張していたとしても、釈尊の説かれた教え、釈尊の説かれた真実と言うものは、まだしっかりと理解していない、完全に分かっていないと知るべきである。

なぜその様に言うかと言うと、この様な主張をする人々は仏というものが何かがわかっていない。真実というものが何かがわかっていない。教えというもの、理論というもの、哲学というものが何かがわかっていない。仏道における心とは何を意味しているかが分かっていないし、内とか外とかという問題がわかっていない。なぜわかっていないかというと、いまだ一度も釈尊の教えというものを聞いたことがないからである。

ここで、諸仏(真実を得た人々)と言う言葉を使っているけれども、中心が何であり、末の小さな問題がどういうものであるかという事がわかっていないし、我々の日常生活における実体がどういうものになっているかという事の、その端ですら勉強していないのであるから釈尊の弟子と言うわけにはいかない。これらの人々がたった一つの心を正しく伝承して、仏教(釈尊の教え)は正しく伝承されていないと言っている事は、究極において釈尊の説かれた教えとは何であるかと言う事がわかっていない事に他ならない。


               
              ―西嶋先生の話―

道元禅師は中国に渡られて、仏教を勉強されて日本に帰って来られた訳であります。その時の感想が、現在でも書物に残っておるわけであります。道元禅師が中国から帰って来られて、どういう事を感じておられたかと言いますと、「空手還郷」という事を言われた訳です。「空手」と言うのは文字どおり空手という事、手ぶらという事です。「還郷」とは故郷に帰るという事。日本に何も持たずに帰って来たと言う事を非常に強く言っておられたわけであります。

それはどういう意味かと言うと、道元禅師より前の時代に中国に渡って仏教を勉強して帰って来た僧侶たちが沢山いた訳であります。たとえば平安朝の初めには、伝教大師と言われた最澄、弘法大師と言われた空海が中国に渡って、それぞれ仏教を勉強して帰って来た訳であります。そして日本にまだなかった仏教経典を沢山持って帰って来ておられるわけであります。

それに対して、道元禅師は「自分は経典という様なものは何も持たずに帰って来た」と言う事で「空手還郷」と言われた訳です。さらに、強いて何を持って帰って来たかと聞かれたならば、「柔軟心」と答えるであろうと言っておられる。「柔軟心」とは文字どおり柔らかい心です。どんな状況にも変化の出来る、弾力に富んだ気持ちと言う事が「柔軟心」の意味。「中国から何を持って帰って来たかと聞かれたならば、柔軟心と答えるであろう」と、そう言う感想を述べられている訳であります。
 
この「空手還郷」とか「柔軟心」という言葉は、なかなか普通の僧侶では言えないと思う。もっと偉そうな事を言う。普通の人では持って来れない様なものを持ってきて、自分はこういうものを持って来たと言うだろうと想像できる訳であります。道元禅師だからこそ「柔軟心を持って帰ってきた」と言えたことであって、普通の方ではこういう感想はなかなか出てこないという事がいえようかと思います。
                          つづく--


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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