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正法眼蔵 仏教 1

「仏教」の巻、本文に入る前に西嶋先生の話です。

「仏」がつく言葉で「仏教」「仏法」「仏行」「仏道」があります。この四つのものが、どういう関係にあるかと言う事から考えていきたいと思います。仏教というのは、理論とか哲学と言う意味が、言葉そのものの中に入っているわけであります。それから仏法というのは、釈尊の説かれた教えという意味もありますが、その他に我々の住んでいる宇宙そのもの、釈尊が説かれた形において捉えられたところの宇宙そのもの、それが「仏法」という言葉の中心にあるという風に言えると思います。仏行というのは、その宇宙の中で人間が行なう行い。仏道というのは、それらをすべてひっくるめた真実。「仏」と言う言葉に関連しても、このような四通りの区別がある。

したがってここで「正法眼蔵仏教」と言う表題を特につけられているのはどう言う事かといいますと、仏教には昔から経典と言うものがある。経典と言うのは、理論で仏教を説いたものと言う事になるわけです。ところが、中国における一部の人たちの考え方では、仏教は理論や理屈ではない、その点では「不立文字、教外別伝」という事を非常に強く主張した流れがあるわけであります。その「不立文字、教外別伝」という思想に対して道元禅師は賛成されなかった。

文字ということをあまり問題にしない、それから理論的な教えの他に釈尊以来伝えられて来たものがあるという主張が、「不立文字、教外別伝」という思想であります。これは坐禅をやる宗派では、一般には当然の事として受け取られているわけです。したがって我々も「正法眼蔵」でこの「仏教」の巻を読むまでは、坐禅に関連した仏教においては「不立文字、教外別伝」と言う主張が当然なんだと思い込んでいるわけであります。

ところが、道元禅師はこの「不立文字、教外別伝」と言う思想は、仏教の立場から見て正しくないと言う主張を、この「仏教」の巻でしておられるわけです。そのことはどういうことかというと、仏教では理論も大切だという事を主張しておられる。普通は「理論ではない、理屈なんかどうでもいい」という主張が「不立文字、教外別伝」という主張でありますが、道元禅師は仏教というものを考えていく場合には、理論も大切だ、哲学も大切だという事をこの巻で主張しておられるわけであります。だからそういう点では、仏教というものを理解していく上において、かなり大切な巻と言う事が言えると思います。


             
          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
仏教、仏法、仏行、仏道、これに動詞をつける場合には、仏教は信ずるものでございますね。

先生
まあ、考えるものですな。考える対象ですな、教えというのは、ま、信ずるというふうに見てもいいですけれどね。それと同時に、理論的に考えることですよね。

質問
仏法は・・・。

先生
法というのは客観世界ですから、感覚を通して受け入れるもの。目で見る、あるいは耳で聞く、手で触ってみるという風なものが法と理解していいわけですね。

質問
体験するとも違いますね。

先生
体験するというよりも、その前の、眼で見るとか、耳で聞くとか、感覚的にとらえるというふうな意味がありますね、強いて言えば。

質問
仏行は何ですか。

先生
仏行は自分自身でやるという事です。プラクティスという事。

質問
仏道は何ですか。

先生
仏道はそういうものすべての総合ですよ。前の三つを全部ひっくるめた何か。

質問
仏道を実践すると言っちゃいけませんか。

先生質問
だから仏道を実践するという事の中には、全部が含まれておるという考え方ができますね。

質問
そうすると、信ずるというものが出てきませんね。

先生
だからどれに該当するかと言えば、一番最初の「教え」というふうなものですよね。

質問
ありがとうございました。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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