トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

正法眼蔵 行仏威儀 26

十聖三賢と呼ばれるような菩薩の方々があれこれと一所懸命考えてみても、やはり諸仏(真実を得られた方々)の実体というもの、実践の姿にはとうてい及ぶ事が出来ない。単に言葉の上だけで、文字の上だけで、様々の理屈を勉強している凡夫(普通の人)が、体を通して心を通して真実をつかまれた方々の境地をどうして想像する事が出来よう。

ところが実際には仏道を考える場合おいて、凡夫や外道(仏教を信じない人)が考える「本来のもの」がどうか「末端」のものがどうかと言う、相対的な見方で考えると言う誤った見方を問題にしてしまう。そしてその様な理屈の上で考えられた世界が真実を得られた方々の世界だと考えている人々が多い。この様に考える人々は、罪の素質が非常に深いと言われているし非常に憐れむべき人々だと言われている。

そして非常に深いところの罪の素質が仮に無限であったとしても、真実を得られた人々の世界とそれ以外の人々の世界とを、同じだと考える人々の罪はさらに深い。このような重い罪は、とりあえずすっかり捨ててしまって、真実の実体と言うものに正しく目を向けるべきである。真実を得られた方々の境地と、それ以外の人々の境地とが同じだと言う考え方に捉われ、しっかりそれを自分で握り締めて「これこそが自分だ」と思い込んでみても、そんな事ではサッパリ問題の糸口さえつかめない。

※西嶋先生解説 
――ここで述べられている事は、われわれ人間のあり方の中で一番尊いのは、自分で実際にやると言う事。こういう自分自身が実際にやるという事の尊さと言うものは、頭がいいとか、感覚がいいとかと言う人間の値打ちとは問題にならないほど尊いものを持っていると言う事。そのことが人間の尊さであり、人類の尊さと言う事でもあるわけです。その点では、人間の価値というものは何をやるかによって決まるわけです。 

よその国を侵略して、何とか自分の勢力を維持したいという風な考え方も、世界のいたるところにある。よその国の領土を自分の領土にして、自分の国をより広めたいと言いう風な考え方は、何処の国にもあるわけです。現に戦争している国だけじゃない。国家というものは大体そういう考え方で成り立っている場合が多いわけでありますが、その中に生きている人間の価値というものが何で決まるかと言えば、正しさというものを知っていて、正しい行いをしていくという事に尽きる。

そのことが「行仏」であり、そういう行いを正しくするという事から生まれてくる威厳のある姿というものが、「行仏威儀」というものの性質である。道元禅師は、そういう形で、正しいことを行うところから生まれてくる人間の絶対的な尊さというものを非常に強く感得しておられたから、ここに「行仏威儀」という巻を書かれて、そこでその問題を懇切に説かれたという事になるわけであります。――



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
先生は「現状ではやるだけのことをやっていくことだ」と言いますが、そうしますと中心軸が少し固定していないわけですが。そういう形ですと、現在の株の価格の上下だとか、外国為替の値段とか、ああいうような理解ですね。そうしますと、先生は大蔵省ご出身ですから国家予算とかいろいろ大蔵省の仕事をやっていらしたわけですが、予算とか計画経済とか目標管理とかという事は、それはまた立場が違って今おっしゃったような見方ですか。それは仏道から言うとどういう・・・・。

先生
これはね、宇宙というものは瞬間瞬間に動いているわけですよ。で、人間というものは動いていたんじゃ不自由だから固定しようという考え方が常にあるわけですよ。だから統制しよう、管理しようという考え方もあって、ある程度そういう管理があり、統制があると社会生活がやりいいという面もありますけれども、宇宙全体が動いているわけですから、固定して管理しようとする考え方は必ず破掟を起こすんです。

ですから社会の管理方法でも、自由主義と社会主義という二つの対立する考え方があるけれども、社会主義の形で全部固定しようとすると、国内不安というものが絶えずつきまとう。という事は宇宙全体が動いているわけです。瞬間瞬間に動いているというのが本来の姿ですから、それを全部手放してほったらかしておけという事ではないわけですけれども、それと同時に一切を固定できるかというとそうはいかない、そういう事が現状だと思います。

だから為替の管理の問題なんかにしても、今日の様に市場が出来て、その需給関係で価格が動くという方が管理運営の面ではむしろやりやすい、その方が無理が出なくていいという事があると思います。そのことは戦時中の価格統制の問題を考えてみればわかるわけです。政府で決めた価格で品物が手に入ったかというと、いっさい手に入らない。そうすると活字で何々はいくらとなっているけれども、その値段でものが買えたためしがない。

で、無理にその値段で買おうとすると、使い物にならない粗悪品しか出てこないと言う事でもあるわけです。だからそういう点では、むしろ宇宙全体が動いているんだ、諸行無常なんだという事がこの世の中の実際のあり方だとみていいと思います。


ご訪問ありがとうございます。よろしければクリックお願いします。


      
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事していた愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

最近の記事

リンク

最近のコメント

カテゴリ

フリーエリア

坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

FC2カウンタ-