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正法眼蔵 行仏威儀 17

古代インドにおいては、生命が生まれる場合には、胎生(人間の様に母親の体内から生まれるもの)・卵生(鳥とか魚の様に卵で生まれるもの)・湿生(湿気から生まれてるもの)・化生(瞬間的な変化で生まれてくるもの)の四種類の形を考えていた。

古来から釈尊の教えを説く場合に、胎生・化生については、釈尊の教えの中ではごく普通の事であると考えられてきたけれども、仏道は人間の世界においてのみあるものであるから、卵生・湿生については、仏道の考え方の中ではあまり取り上げてこなかった。まして、この胎生・卵生・湿生・化生の四種類の生まれ方の他にも、まだ様々な生まれ方があると言う事は、とうてい夢でさえ想像する事が出来ないような状態であった。

まして胎生・卵生・湿生・化生と言う生まれ方が言葉の上で、理屈の上で考えられる以外に、現実に母親の体内から生まれてくると言う事実、あるいは急激な変化で生まれてくる事実そのものがあるという事を、現実に見たり、聞いたり、知ったりという事は、中々我々の周囲にも見当たらないところである。

現在でも、釈尊以来連綿として伝承されて来た偉大な真実においては、胎卵湿化生と言う四種類の生まれ方の言葉による表現ではなしに、現実に胎生があり、卵生があり、湿生があり、化生があるという事を、かつて隠さず目の前に現実に見る通りに正しく伝承して来たし、何の間接的な関係もなしに、直接正しく伝えて来た。

このように、言葉の世界の他に現実の世界があるという道理を、聞いたこともなく、教えられたこともなく、自分でそれを承知していることもなく、理解するという事がない者は、一体どういう人々と言ったらよいのであろうか。とうてい仏道を勉強している人の部類には入れることができない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
現在の世の中でも仏道的な考え方から言えば、軍備はしないと、いわゆる憲法のあの無防備という事を仏道は目指しているんでしょうか。

先生
うん。仏道が武器を持たないというような原則はないですよ。それはどういう事かというと、例えば仏教の言葉で「破邪顕正」という言葉がある。仏教の信仰対象として、不動明王は片手に縄を持ち、片手に剣を持っているわけです。だから仏道思想が常に平和主義だという事ではないという事が言えると思います。そのことは戦うべき時には戦わなきゃならんのですよ。戦わないことが常に正しさであるという風なことが言えるのかどうかね。そういう風な問題が我々が生きている人生にはあります。人類の歴史にはあります。

仏道はそういう事も含めての思想です。だから何も喧嘩好きで喧嘩ばかりしているというような事は決して言っておられない。なるべく戦争はない方がいいという事は、これははっきり言えると同時に、正しさのためには戦わなければならんという事が人間社会にはあるという事、これもやっばり否定はしておられないというのが釈尊の教えだとみていいと思います。


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。68歳。自営業。愚道和夫老師が講義された道元禅師著「正法眼蔵」をブログで毎日更新し自宅で朝晩毎日坐禅をしています。師事した愚道和夫老師より平成13年「授戒」戒名幽村芳春。平成20年「嗣書」授かる。    

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坐禅をしているという事は、足を組み、手を組み、背骨を伸ばして釈尊と同じ格好をして釈尊と同じ心境になっているという事でしかない。坐禅を中心にして、釈尊の思想が時代が変わり場所が変わっても、その場所、その時代に適応するような形でずっと伝わってきている。

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