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正法眼蔵 仏性 36

龍樹尊者の説話について道元禅師の注釈は続きます。

龍樹尊者が説法で「仏性は、大きい小さいと限定できない等々と言われた主張は、世間一般の常識的な立場の人々や、声聞(仏教を理屈で学ぶ)・縁覚(仏教を感覚で学ぶ)の人々と同じ立場の主張だと考えてはならない。仏性を考えると言うと、途轍もなく大きいもの、茫然としたものと言う理解の仕方をしがちであるけれども、そういう理解の仕方は間違った考え方を長年にわたって持ってきたに過ぎない。

「仏性は大きいとも小さいとも言えない」と言い切る現在の瞬間における主張よって把握される理論は、今ここで私(道元禅師)が述べた通りに考えるべきである。あるいは、龍樹尊者の言葉として述べられた内容として考えるべきである。その点では、龍樹尊者の言葉を聞くという事が、同時に物事を考える事でもある。考えると言うのと全く同じ様な形で、龍樹尊者の話をいま現に聞いたのであるから。

ここでとりあえず龍樹尊者の言われた偈について耳を傾けて聞いてみよう。「身体によって満月の姿を現し、それによって真実を得られた沢山の方々と同じような姿を示した」と言われた。この様にたくさんの真実を得られた方々と同じ様な姿を現したところの現実の体であるから、その体を称して、円月相(丸い月と同じ様な欠けるける事のない円満な姿)と言うふうに表現されたのである。



           ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
先ほど、仏性が出てくることについてのお話の二番目に健康であることのお話がありましたけれども、病気になりまして、坐禅ができないというふうな場合には、どのように考えたらいいんでしょうか。

先生
だからできるようになったらやればいい。病気になってできなかったら、それはできないんだからしょうがないんで、治ったらやる。それで体というのは、普通にしていると、どんどんいい方に変わっていくもんですよね。だから本来病気をしないというのが、人間のあり方だという事は言えると思いますね。
普通はよく、病気になることを心配して、薬を飲んだり、養生法を考えたりっていう事がありますけれども、人間というものは、自然に逆らったことをやりさえしなければ、決して病気になるものではないという事はあると思いますね。

質問
つい二、三日前まで、風邪にかかりまして、どうも体の調子が悪くて、こういう時には無理してもやっぱり坐禅をやった方がいいもんですか。

先生
やれたらやった方がいいし、これはもうとても無理だと思ったらあったかくして布団の中で寝ているという・・・。

質問
サボっちゃったんですねえ。(笑)

先生
だからそういうときは、布団に入って寝て、体をあっためたらいいと思うんですよ。

※私の独り言。
以前、坐禅をするようになってからは「病気にならない」ではなく「病気になる気がしない毎日が送れる」と言う安心な気持ちになりました、とカテゴリ「思う事」坐禅と病気(2008/5/22)に書きました。あれからだいぶ経ちましたが、今でも病気になる気がしない毎日を送っています。坐禅は頼りになりますよ!


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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ブログ名を「坐禅と暮らし」から 「正法眼蔵=坐禅」に変えました。

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