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正法眼蔵 仏性 11

釈尊の言葉について道元禅師の注釈は続きます。

仏教においては様々の智慧というものを説いている。有漏智(様々な障害を少し伴った智慧、様々な欲望その他が絡み付いている智慧)・無漏智(有漏智がなくなった智慧)・本覚(生まれる前から本来自分たちが具えているところの智慧)・始覚(いま初めて自分に与えられたところの智慧)・無覚(智慧は本来ないと言う理解の仕方)・正覚(正しい智慧が具わっている)。智慧に関連してもいろいろな考え方があるけれども、そういう抽象的な様々な智慧をつかって観察しようとしても、仏性がどういうものかと言う事は理屈では理解できない。

「よくよく観察してみるべきである」という言葉は、観察するものと観察されるものを二つに分けるのではない。仏性というものは、二つに分かれた立場での観察ではなしに、自分の日常生活における一所懸命の行動そのものが仏性だから、観察するものと観察されるものという区別を超越したものである。また正しい観察、間違った観察という形で批判的に眺められたものではない。そういうものを乗り越えた、日常生活におけるぎりぎりいっぱいの真剣な観察がよくよく観察してみるべきである。

この様に現実におけるきわめて切実な観察であるから、自分が何かを観察すると言うふうな暢気な立場ではないし、自分以外のものが自分を観察するというふうな暢気な立場のものではない。別の言葉で言えば現在の瞬間における現実そのものであり、周囲の環境、実体というものを超越した性質のものであり、仏性そのものである。それは仏性という抽象的な言葉を超越した何かであり、それは、あの仏、この仏と言う実体そのものである。また本質そのもの、我々の住んでいる世界に満ち溢れているところの性質そのものである。



          ―西嶋先生にある人が質問した―
                              --つづき

質問
さっきの優越感はないんでございますか。

先生
うん、それはないね、きっと(笑)。だからやっぱり優越感を持っている人っていうのは若いんですよ。本当に、優越感を持っている人というのは見てて「いやあ、若いなあ」と思う。それじゃ劣等感を持っている人が年寄りかというと、それもそうでもないんだな。やっぱり劣等感を持っている人も若いんじゃないかと思うね。

質問
たとえば残念であったとか、悔しいというような、ま、いやな言葉ですけれども、そういう場合はどう対処されますか。

先生
まあ、あんまり感じない方だし、多少感じても抑えていると忘れちゃうね。あんまりそういう感情的にものを受け取るという事は最近はなくなったな。それはやっぱり若さが失われたせいだね、きっと。

質問
こういうふうな処世というか、ものの処し方はどうでしょうか、これはまあ年のせいでしょうけれども、相手が自分にある侮辱を加えるという事がありますね、そういった場合に相手がかえって気の毒に思われる、哀れに思えてくる、そういう考え方で処理していったらどうなんでしょうか。

先生
うん、それと同時に、侮辱なんていうものも存在しないんだよね。本人が偉いと思っているから「いやあ、侮辱された」と思うだけで(笑)、本人が偉いと思ってないと侮辱という事があり得ないんだな。

質問
まあ、仏道精神はそうだと思いますね。しかししばしばあることじゃありませんか、そのために死んだの、生きたの。

先生
だからそういう人はやっぱりまだ若いんだと思う。だから、世間一般で活躍している人はみんな若いんですよ。「悔しい!」と思ったり、「よし、あれを成功してやろう」なんて思って、みんな張り切ってるから、まあ、はたからみるとどうしてあんなことをやるんだろうと思うようなことを一所懸命やるわけだけどね。
                              つづく--

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幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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