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正法眼蔵 看経 4

世間における名誉や評判を得たいがために、釈尊の教えとは異なった論議をする人々は、釈尊の説かれた仏教経典を実際に実践し体験する事は出来ない。それであればこそ、経典では「若樹若石」あるいは「若田若里」の切実な伝承があり受持があるのである。

※西嶋先生解説
――「若樹若石」「若田若里」について。
釈尊は生まれる以前はどの様な境涯を送られたかという事の話の中に、雪山童子という話が出てくる。この雪山童子というのは、釈尊が生まれる以前のかつての釈尊という風に説かれている。たまたま雪山童子がある場所で鬼に行き会った。鬼が尊い詩句を述べたが半分で止めてしまった。雪山童子は「その後の半分がどうしても聞きたいから、是非聞かせてくれ」と鬼に頼んだ。ところが鬼は「自分はいま腹がすいておって、とても後の文句はしゃべれない」と言ったので、雪山童子は「じゃあ私の体を食べていいから後の半分の言葉を教えてくれ」と頼んで、後の半分を聞くために鬼に食べられようとした。

その時に、そのあたりの樹や石に鬼から聞いた文句を書きつけて、のちの世に残されたという話が伝わっている。「若田若里」というのは、「妙法蓮華経」の中に出てくる言葉で、あらゆる場所、あらゆる人々の間に法華経が伝わっていくという表現があるわけで、その「法華経」の中の「若田若里」という言葉を持ってきて、やはり教えというものが広い範囲にわたって伝わっていくものであるという事を説かれた。――

しかも、この我々の住んでいる物質世界を舞台にして仏教経典が説かれ、我々の住んでいるこの空間の中で、様々な形で仏教経典が説かれている。

※西嶋先生解説
ここで道元禅師は仏教経典を、ただ単に紙に黒い字で書かれたものが経典だという考え方はしておられないわけで、そういう紙に書かれた経典ももちろん含まれるけれども、その他に我々の住んでいる世界すべてが経典であり、我々の住んでいる空間のすべてが経典である、様々の真実を我々に常に説いてくれておる。そういうふうに経典というものの範囲を広げてこられたわけであります。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
世の始まりを、仏教ではどういうふうに考えますか。
  
先生
「人知の及ぶところにあらず」と言うのが仏道の解釈です。 この世の始まりがどうなっていたかと言う事を、よく物知り顔に論議するけれども、「そんな事は人間にはわからんことだ」と言うのが釈尊の考え方です。 釈尊の生きておられた時代でも、そういうことを問題にして釈尊に問答を仕掛けた人がたくさんいました。 その時に釈尊は答えなかった。 答えなかった意味は、人間の頭で及ぶ事の出来ないものを論議しても始まらないと言う考え方からです。

西洋思想の中で、そのことをはっきりと言ったのはカントという学者です。 カントという人は、哲学を「形而上学」と「それ以外の哲学」とに分けた。「形而上学」とは、この世界が有限であるとか無限であるとかを問題にして、どちらが本当かという論議をすることです。 カントはそういう「形而上学」は、人間の知恵や人間の頭で考えてみても解らない事だから論議しても始まらないと言う事を非常にはっきりと主張されたわけです。仏教において、そういう問題についてどういう解答をするかと言えば、「それはわからない事だから人間が論議しても始まらない」というのが、仏教における考え方だと思います。


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プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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仏向上事の巻に入りました。 仏(真実を得た人)とは、真実を得た後もさらにその事を意識せず日々向上の努力を続けている生きた人間の事である。そしてこのように真実を得た後も日々向上に努力して行く人のことを仏向上人と言い、その様な努力の事態を仏向上ノ事と言う。道元禅師が諸先輩の言葉を引用しながら説かれます。

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