トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

正法眼蔵 心不可得(後) 2

道元禅師の注釈は続きます。

徳山禅師がかつてまだ一人前でなかった頃、「金剛経」と言う経典にについては学識豊かな人であった。その当時の人は徳山禅師のことを「金剛経」に明るい最高の権威と言っていた。当時金剛経の注釈をする人が八百人以上もいたといわれているけれども、その中でも一番の権威者であった。ことに青竜寺の僧侶がつくった注釈について熟達していたばかりでなく、さらに八貫目に及ぶ注釈書をつくって、徳山禅師に匹敵するような講釈師は見当たらなかった。

あるとき南方に釈尊の説かれた最高の教えを師匠から弟子へ師匠から弟子へと代々伝えられている教えがあると聞いて、書物を担いで山を越え、川を越えて旅していった。そして崇信禅師の教団に行こうとする道の左側で休んでいた時に、一人の老婆がやってきた。

老婆に徳山禅師言う:お前さんは、どういう人かね。

老婆言う:自分は、餅売りの老婆です。

徳山禅師言う:では、わしのために餅を売ってくれないか。

老婆言う:和尚は餅を買って、何にしなさるのかね。

徳山禅師言う:餅を買ってそれを食べて、意識をはっきりさせようと思う。

老婆言う:和尚は何か持っておられるようだが、それは一体何かね。

徳山禅師言う:お前は知らないのか。わしは周と言う名の金剛経に関する権威で、金剛経に優れ、通達していない箇所は何処にもない。ここに持っているのは金剛経の注釈書である。

徳山禅師のこの言葉を聞いて老婆言う:和尚にこの老婆が一つ質問があるのですが、許していただけるでしょうか。

徳山禅師言う:いいとも。お前の聞きたい放題に質問してよい。

老婆言う:自分はかつて金剛経の説法を聞きました。その中でいうには過去心不可得(過去の心もつかまえる事が出来ない)・現在心不可得(現在の心もつかまえる事が出来ない)・未来心不可得(未来の心もつかまえる事が出来ない )と。しかるに和尚は今餅を食べてどの意識をはっきりさせようとするのか、和尚がこの質問に答えられるなら餅を売ってもよい。 しかしもし和尚がこの質問に答えられないなら、餅を売るわけにはいかない。

このとき徳山禅師は、ただ茫然として、何と答えてよいのかわからなかった。そこで老婆は袖を払ってそのまま立ち去ってしまった。とうとう餅を徳山禅師に売らなかった。



           ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
徳山禅師はずいぶん勉強したようでございますね。現在だって徳山禅師みたいな本を書いた偉い人はいっぱいいますね。なのに、ここで私が不思議に思うのは、徳山禅師が悟れないということは、本だけだからダメであって正師につかないからですか。そうすると独学というのはダメだということですね。

先生
独学で仏道がわかるということになると、私はそれは難しいと思う。たとえば私の場合でも、沢木老師にお会いしたから、仏道がどういうものか分かったんであって、私が仮に沢木老師にお会いしてなかったら、一生仏道というのはわからんで過ぎた。あっちへウロウロ、こっちへウロウロ、あっちの先生はこういうことを言ってる、向こうの先生はこういうことを言ってるというようなことになりかねない。

それから「正法眼蔵」という本がなければ、私は仏道というものはわからなかった。だから道元禅師という師匠があって、その人の教えを一所懸命勉強するから、「ああ、仏道とはこういうもんか」というのがわかるわけで、仮にこの「正法眼蔵」という本がなかったら「仏道というのはよくわからん、難しいもんだ」というようなことで、何十年やっても結局わからないまま「はいさようなら」になったと思う。おそらくそう思う。「正法眼蔵」の本の価値というものは非常に大切。これだけ事細かく「仏道とはこういうもんだ」ということが書いてある本は、他にはないんですよ。

だからそういう点では、確かに師匠がいなければ仏道はわからんということ、これははっきり言えると思う。師匠という意味を「正法眼蔵」を書かれた道元禅師ということを含めてね。師匠というものなしに「独学でやってれば、そのうちわかるんだ」というようなことではない。どうも人間というのはそれほど偉くないんでね。お釈迦さんが本当のことを発見して、それを次々に教えて今日に伝わった。その教えを勉強しなければ、なかなか真実というものはわからんということは、はっきり言えると思う。


読んでいただきありがとうございます。


関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント

プロフィール

幽村芳春

Author:幽村芳春
ご訪問、ありがとうございます。
夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」を受け、
平成20年「嗣書」を授かりました。    

最近の記事

最近のコメント

リンク

カテゴリ

フリーエリア

坐禅とは姿勢を正してきちんと坐ることである。 姿勢反射が働いて、交感神経と副交感神経とが同じになり、 考え過ぎからくる不満がなくなり、感じ過ぎからくる不安が消える。 実行力が生まれ、やりたいと思う事が直ぐできるようになり、 やりたくないと思う事はやめることが出来るようになる。 自分自身と宇宙とが一体となり最も幸福な人生を送ることが出来る。

FC2カウンタ-