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正法眼蔵 心不可得(前) 4

道元禅師の説示は続きます。

数百巻の書籍の解釈をするところの最高権威者とも言われ、また数十年にわたって「金剛経」を講じてきた僧侶が、身なりの粗末な老婆の質問を受けて、その質問に返事ができなかった事は非常に残念な事ではなかろうか。正しい師匠に出会って正しい師匠から教えを引き継いで、正しい釈尊の教えを聞いた事のある人と、まだ正しい教えを聞かず、まだ正しい師匠と出合ったことのない人とでは、その内容が非常に異なっているところからこの様な事態が生まれたのである。徳山禅師は、この時に初めて「画にかいた餅は腹の足しにならないものだ」と言った。その後、この徳山禅師は竜澤の崇信禅師の法を継いだといわれている。

この老婆と徳山禅師とが対面した説話をよくよく考えて見ると、その時徳山禅師が真実というものを、まだはっきりつかんでいなかったと言う事は、現在の時点からでもはっきりわかるところである。竜澤の崇信禅師に出合ってそこで修行をした訳であるけれども、修行をした後でもやはり同じように、この老婆を恐れるような境地であったに違いない。せっかく竜澤の崇信禅師に弟子入りして後も、やはり徳山禅師は仏道を学ぶ点においては遅れていて、体験を乗り越える、体験を超越するという境地の真実を体得した永遠の仏というわけにはいかない。

徳山禅師の相手をした老婆も、徳山禅師の口をふさいで何も言うことが出来ない様にしてしまったけれども、しかしながら、この様な話があったからと言って、その老婆が本当に真実がわかっていた人かどうかはまだはっきりとは断定できない。なぜ断定できないかというと、心をつかまえる事が出来ないと言う言葉を聞いて、その解釈として、心というものはつかむことが出来ないもの、心というものはあるはずがないのというふうにばかり考えて、この様な問いを徳山禅師に対して発した。

徳山禅師が仏道の上で一人前になっていたならば、この老婆を見抜いてそれを打ち破るだけの力量があったであろう。徳山禅師が逆に老婆に質問を発して、その結果、老婆が本物であるかどうかということを見ぬく力があったならば、老婆が本当に真実を得た人かどうかはっきりしたであろう。この問答だけから見ると、徳山禅師が本当に徳山禅師その人なっていたかということも考えにくいので、老婆が真実を得た人であったかどうかということも、まだはっきりしない。このように徳山禅師も未熟ではあったけれども、老婆がはたして真実に達していたかどうかと言う事も簡単には断定できない。



          ―西嶋先生にある人が質問した―

質問
熟語で「画餅」(がびょう)という言葉がございますね、その起源はここにあるんでございますか。

先生
ええ、こことも関係があります。それから「正法眼蔵」の中では画餅という巻がありますしね。それからもう一つ「画餅」という言葉が出てくるのは、智閑禅師のいわゆる小石が当たった音を聞いて悟りを開かれたという話のところで、その前に師匠から「本から持ってきた言葉じゃいかん。自分自身の言葉で仏道の究極のところを言ってみろ」という質問を受けて、どうしても答えが出来なかった。それで、智閑禅師は非常に勉強家でたくさんの本を持っていたわけだけれども、「画に描いた餅は飢えをふさぐに足りない」といって、持っていた本を全部焼いちゃったという場面がある。そこにも「画餅」というのが出てくるわけですよね。だから、画に描いた餅というのは、ここの場所とそれから香厳智閑禅師と、その二つのところに出てくる。

質問
出典はがそこにあるということ・・・。

先生
はい。   


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幽村芳春

Author:幽村芳春
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夫と二人暮らし。67歳。自営業。
自宅で毎日(朝・晩)坐禅をしています。
師事した愚道和夫老師より
平成13年「授戒」戒名は幽村芳春。
平成20年「嗣書」を授かりました。    

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行持の巻に入りました。この言葉は「いまといふ道は、行持より先にあらず、行持現成するを、いまといふ」と示されているところから見ると、保持、持続という事の意味が、時間的継続と関係の薄いところは明らかであり、むしろ持とは宇宙秩序の保時、戒律の保持という意味が強いと解される。そこで行持とは梵行持戒、すなわち正常な行為と戒律の保持を省略した言葉と解される。

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